キルケゴールの『キリスト教の修練』――長文一挙掲載

 キルケゴールの『キリスト教の修練』という本を読み終わった。読み終わった最初の印象は「すごい本だ!」というところ。いわばキルケゴールの最高傑作だといっても良いのだろう。イエスキリストについてこれほどみごとに論じた本は、おそらく新約聖書の使徒パウロの著作以外にはないであろう。
 キルケゴールはその生涯に、実に多くの著作を書いているが、この『キリスト教の修練』を頂点にして彼の全体の著作構造が組み立てられていると言っても良い。このように自分の生涯を組み立て、それをたくさんの著書として表わしたという人は、まさに天才としか言いようがないのではないか。どうしてこのようなことが可能だったのかと、私はいつも不思議に思うのである。

 私はこの本を『イエスの招き』というタイトルで出ていた角川文庫のものを読んだのが最初である。この本の第一部は、新約聖書のマタイの福音書にある「すべて労する者、重荷を負う者、われに来れ。われ汝らを休ません」ということばによる、キリストの招きについての説教である。私は精神的にも行き詰まっていたときにこれを読んだ。そしてまさにこの「イエスの招き」に応じて、キリストのもとへと行った。これを翻訳した井上良雄氏は、これを読んだ人がこのキリストの招きに応じてくれることを願いつつ、このタイトルをつけたのだと思う。
 この本は『死に至る病』の続編として書かれたものと思う。『死に至る病』は人間の罪がテーマである。罪の中にとどまるなら、人は死に至るとこの本は説く。そして『キリスト教の修練』にいたって、罪から解放されるためにはイエスキリストの招きに応じることだと説く。
 2004年に新教出版社から出されたこの本は、第三部までを収めている。従ってかなりの大部の書籍となっている。354ページある。この本の訳者の「あとがき追記」によれば、角川書店から『イエスの招き』というタイトルで出版されたのは、初めは第一部と第二部までで、1955年に第三部までを収録したものが出されたということである。文庫本でもかなりの大部のものだったはず。
 私が読んだものは第二部までのものと思っていた。しかし今回第三部を読んで、この文章の感覚は確かに以前に読んだことがあると感じながら読んでいた。もう45年も前のことである。それほどにこの本が私に与えた印象は強烈であった。

 1962年11月に白水社から「キルケゴール著作集」というものが発刊され始めた。第一回の配本は『死に至る病』であった。そして第二回に配本された『おそれとおののき』という本で、私は大きな感動を得た。それはそれまでに読んできた多くの哲学書とは全く違う印象であった。なによりも私はその冒頭のところを読んだときに、ここには確かに何かの解決があると直感した。そして白水社の著作集が半分ほど刊行された、1964年になって角川文庫の『イエスの招き』に出会い、そしてイエスご自身に出会ったのである。
 しかしなんと、この角川文庫を私はそのほかの文庫本と一緒に古本屋に売ってしまったのである。この『キリスト教の修練』は白水社の著作集で買って持っていると錯覚した結果である。
 1965年にキリスト者となった私は、それから数年で牧師になってしまった。説教を聞く立場から自分が説教を語る立場になってから、私はキルケゴールの文章を読むことを意識的に避けてきた。一人のキリスト者であることを厳密に追求していくことにおいては、キルケゴールの著作集は大きな励ましを与えるものであった。しかし説教を語る立場に代わってからは、キルケゴールの複雑な文体と、その思想の複雑さが、自分の説教に影響を与えることを恐れたからである。そして聖書そのものを詳しく読み解くことにすべてのエネルギーを注いできた。
 こうして今、牧師という立場から離れたときに、なんとかしてもう一度この重要な『キリスト教の修練』を読みたいと思ってきた。そうしてネット上でこの書籍を発見して購入した。前にこのブログでも書いたように、カフカやメルビルのものと同じように読み応えのある書物を読みたいと思っていたが、キルケゴールの著作は、実に読み応えのあるものだと言えよう。

 『キリスト教の修練』第二部は「我れに躓かぬ者は幸福なり」に基づく説教。そして第三部は「彼は高きところより、すべての者を御許に引きよせ給う」による説教になっている。
 そしてこの第三部では、キリスト者であることはどういうことかを論じている。それはきわめて厳格なもので、ここで論じられているあり方が、確かにキリスト者としてのあるべき姿であるが、それはまさに狭き門からなんとかして入り込むというような感じである。
 私は長年、キリスト教会の牧師としての職にあり、聖書の説きあかし、すなわち説教をすることを生業としてきた。ここでキルケゴールが論じている厳密な意味でのキリスト者のあり方というものは、確かにその通りだと納得する。しかし私たちは現実の世界の中に生きているのであり、その罪の世界の中では、妥協の生き方がやむを得ずに存在する。
 毎週の礼拝で説教を語りながら、自分が語っていることがまことに真実ではないことを知りながら語らざるを得ないということであった。そのことに気づくときには、必ず私のうちには熱いものがこみ上げてきて、涙なしに語ることが出来なかったという経験を何度もさせられてきた。キルケゴールがこの第三部で主張していることはまさにそのようなものであり、そしてまた彼自身がその厳格さをよく知りながら、論理を展開しているものであると言える。

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不況の年末

 今日、上田のニッサンのディーラーに行って、「ノート」の試乗をしてきた。
 
 行きがけに家内に頼まれて郵便振替を送るために郵便局に寄ったが、駐車場が満車で用事ができなかった。それでコンビニに行って振込みを済ませた。その足で上田に出たのだが、年末だからか、この田舎でも道路が車で溢れているという感じだった。注意してみると、上田まで数軒ある郵便局がどこも満員だった。やはり年末で人がたくさん動いているのだなと思った。帰り道には「デイツー」に寄ったが、ここも込み合っていた。大きな商品をキャリアーに山のように積み上げている人も見かけた。年末の買い物なのかと感心して眺めてきた。
 しかし気の毒なことに車のディーラには誰も客がいなかった。上田にはおもな車のディーラーが軒を並べているが、どこも閑散とした感じだった。車が売れない年末なのですね。

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雪が降った

 

<年末年始天気予報>強い寒気が入り冬型の気圧配置続く(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

今朝の明け方に本格的に雪が降った。本格的と言っても積雪は数センチというところ。

九時半頃出かけるときには小雪が舞っており、強い風にあおられて、田畑に薄く積った雪が舞い上がり、道路上に吹き付けて、数メートル先が見えないという状況だった。しかしお昼頃にはすっかり天気は回復して青空が見えていた。

この地方は、冬型の西高東低の天気になると、北からの強風が吹き荒れるが、北からの雪は高い山脈にさえぎられて、そんなにたくさんは降らない。南の太平洋岸を低気圧が通過するときには、東京は降雪があるが、これも高い山にさえぎられてここまではとどかない。

というわけで一年中そんなに雨や雪が降らない地方らしい。しかし気温はかなり低くなる。今朝も氷点下5度くらいまで下がっていた。

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もみじマークをつける

 

もみじマークは高齢者いじめ?罰則全廃、デザイン再検討へ(読売新聞) - Yahoo!ニュース

 「もみじマーク」が義務化されたというので、車の前にもつけた。
 けっこうつける人が多くなったので、義務化は廃止だそうだ。
 後ろには以前からつけていた。要するに他車に「高齢者運転」だということをアピールするため。そうでなければ、この田舎では、危なくて安心して走れない。
 田舎の人たちは狭い道をかなりスピードを出して走り回っている。警察の取り締まりなどはこの田舎まではないので、安心してスピードを出せるということか。
 「もみじマーク」のおかげか、時速50キロくらいで走っていても、悠々と追い越していく車が多い。とにかく安全運転が第一。

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河野通勢展

 昨日、長野市の長野県信濃美術館まで行って「河野通勢展」を見てきた。この人は「こうのみちせい」とよむのであって、私はどういうわけか「こうのつうせい」と最初に、その強烈な印象とともにインプットされてしまったので、つい「こうのつうせい」と言ってしまう。
 河野通勢は1895年から1950年まで55年の生涯を得た。長野県の出身で父親は写真家であり絵画も描いた人。幼い頃から地元の風景を描きはじめ、地元の裾花川周辺をコンテで描いた大量の作品を残していると、何かで読んだことがある。今回もその風景作品をたくさん見ることができた。
 その描写力はなみはずれたものであり、通俗的な表現ではあるが、その「執拗な描写」技法は、まことにただものではない。うねるように描かれた枝々に、風に吹かれて揺れ動くかのように描かれたたくさんの木の葉。それは単に見えるものを描いたというよりも、彼が小さいときから目で見て、さらには肌で感じて、自分の中に定着していった風景が、彼の想像力という網目を通って描き出されたものであると言える。
 油彩画では、その執拗なまでの絵の具の塗り重ねが、見事な存在感を生み出している。独特の描画を極めた自画像が数点展示されていたが、その存在感のすごさは実に見事。繰り返し繰り返し絵の具を重ねた筆の跡が、100年近く経たいまでも生々しい。油絵の魅力はこの積み重ねにあるのだと、再確認したことである。
 日記などの資料も含めて、約350点の展示はすばらしいものだった。

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セフィーロ修理

1日の月曜日の朝にセフィーロの修理に行った。代車を借りて帰ってきて、夕方、取りに行った。
修理は、ファンベルトのゆるみの調整。これがキュルキュルという異音の原因だろうということだった。しかしこれはハンドルと関係ないんじゃない?
もう一つは右側前輪のドライブシャフト・ブーツというものの交換だった。これはハンドルと関係があるらしい。パワーハンドルのピストンを覆っているカバーだそうで、中にオイルが入っていて、そのブーツ、すなわちカバーが壊れていて、中のオイルが漏れているということだった。以前にハンドルをいっぱいに切るとカックンカックンというような軽いショックがあったが、これが原因だったのか。でもそのときは左側の車輪のところだったような気がする。

いずれにしても修理してもらったので安心。

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ニッサンのセフィーロ

 私が乗っているセフィーロが少し前からおかしくなった。
 ハンドルをいっぱいにきると、シュルシュルシュルというような異音がして、ハンドルにがくんがくんという小さなショックを感じ、ハンドルが重くなる。ふつうに走っているときにはなにも感じない。
 これはパワーステアリング周りの故障だなと思った。そこで町へ出てニッサンのディーラーで点検してもらった。やはりパワーステアリングのオイル漏れだろうということで、修理することになった。
 この車はもう10万キロ以上を走っているし、年式も古くなってしまった。そもそもセフィーロなどという車種はニッサンのホームページにも載っていないではありませんか。車検の期限も来年の7月だし、このへんで買い換えようとも考えている。
 明日、修理のためにもっていくという約束になっている。ついでにタイヤも冬用に替えてもらおうと、頼んである。
 でもこのセフィーロという車はとても乗り心地のいいものだった。いろいろな車に乗ってきたが、これが一番安定していて、走りよかった。この車でずいぶん遠くまでドライブを楽しんだものだった。それで愛着もあるが、この田舎の道では、車体が大きすぎるので、少し小さいものにしたいと思っている。

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「麻生首相では持たない」と民主・小沢氏が言ったそうだ

 麻生さんはもともといきばって何かを言うという性格がある。秋葉原周辺にうろうろする秋葉原オタクのプロ的意識を、そんなによく理解しているとも思えないのに、自分もオタクであるかのような発言をして人気取りを試みている。しかしプロのオタクになるのには政治なんかやっている暇はないはず。しろうとが何を言い出すやらと専門家たちは冷ややかに見ていたはず。

時事ドットコム:「麻生首相では持たない」=民主・小沢氏


 今回の党首会談も、なにやらそんな感じを受けたのではないか。会談じゃなくて怪談か!
 まあ政治の専門家じゃなくて、たくさんの取り巻きに囲まれておだて上げられている疑似専門家というところ。

 麻生さんが頑張ればがんばるほど、自民党はがたがたになるような気がする。
 おそらく今の世界の有力な国々などを見ていると、よほど強力なリーダーがいるか、あるいはそういう強力な権力組織を作り出すかしないと、その国の政治は安定しないように見える。ということは世界中はふたたびかつての独裁主義的国家によって破滅へと向かうように見える。いずれにしても歴史は破滅へ向かうというのは、昔から言われてきたことだ。

 福祉国家を目指しているはずの国のリーダーが、「俺は保険料を払いたくない」などと発言するというのは、ほんとうにイカガかと思うのだが。そういう意識がないのでしょうかね。リーダーがこういうことを言っていたのでは、保険料を払わない人から、どうやって徴収するのですかね。

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インド同時テロ

06年にも大規模な列車爆破テロがあった。このときもパキスタンに基地を置くイスラム教徒が関わっていたと言われていた。そのためにインドとパキスタンの関係が難しくなっていた。
今回も同様な背景らしい。これまでの報道を見ると、事件の経緯は詳しく報道されているが、その背景についてはまだまだ詳しくは報道されていない。実際にはまだよくわかっていないのだろう。
このような手段に出て自分たちの主張を通そうとするとは決して良いことではないが、そのたびに言われるように、そのような状況を作り出した歴史的事実をも考えなければならない。
いずれにしても人間というものは、冷静な対話をしようとしても、容易にうまく事が運ばないものである。

インド同時テロ:パキスタン拠点の過激派関与を指摘 - 毎日jp(毎日新聞)

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スタインベックの『赤い小馬』

 スタインベックの『赤い小馬』という文庫本を読んだ(旺文社文庫・龍口直太朗訳)。ある施設の貸し出し文庫から借りてきたもの。「赤い小馬」という中編ものの他に12編の短編が収録されている。原書では『ザ・ロング・バレー』というタイトルのものらしい。

 「赤い小馬」というのは、小馬の死や誕生などを通して、少年が成長していく様子を描いたもの。スタインベックの作品はどれも同じような主題で、人間的な教訓めいたものがテーマとなっている。
 そのほかの短編はどれもおもしろかったが、特に「蛇」というのがおもしろかった。海洋生物の研究をしている若い博士が、研究所にしている海岸の小屋に、ある日一人の女がやってくる。彼女は博士から一匹のガラガラ蛇を買う。それは自分がその蛇を飼育するためではなく、蛇がはつかねずみを食べる瞬間を見たいというのだった。博士は戸惑いながらもはつかねずみを蛇の飼育箱に放り込む。そして蛇がそのねずみを食べるのを見届けると、女は、満腹して眠ってしまった蛇を見て、またねずみを食べさせに来ると言って博士の研究所を出て行った。
 ところがその後この女は二度と現れない。博士は町に出たときにその女に出会うことを期待しながら捜すが、もちろん見つかりはしない。不思議な物語である。しかしこのガラガラ蛇の様子や、はつかねずみを食べる瞬間などが、詳細に描かれており、不思議な雰囲気が作り出されている。

 この女は、そして蛇がねずみを食べるという瞬間は、いったい何を意味しているのだろうか。いろいろな意味を考えることが出来ると思う。
 この作品は実に良くまとまっていて、読みながら小説とはこのように書くのだという「小説作法の教科書」のようだと思っていた。

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