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2004.03.12

イエス・キリストの十字架物語 1

 毎年、春になるとキリスト教会では復活祭の季節になります。「復活祭」というのは英語では"Easter"と言って、イエス・キリストの復活を記念するお祭りです。新約聖書には四つの「福音書」と呼ばれる書物があって、イエス・キリストの生涯の出来事が記録されています。そのどれもが最後はキリストの十字架と復活の出来事を記録しています。
 今年の復活の日は4月11日です。この日のことを思いながら、マタイという弟子が書いたイエスさまの十字架と復活のできごとを紹介したいと思います。マタイさんが書いている記事によれば、イエスさまは弟子たちといっしょに過ぎ越しの祭りを祝うためにエルサレムにやってきます。マタイの福音書の24章と25章には、この世の終わりのことに関するイエスさまの説教と、その終末を迎えるための心備えについての説教が記録されています。それらの説教は多分エルサレムとその周辺でなされたものと思われます。それに続いて26章から十字架物語が始まります。

26:1 イエスは、これらの話をすべて終えると、弟子たちに言われた。
26:2 「あなたがたの知っているとおり、二日たつと過越の祭りになります。人の子は十字架につけられるために引き渡されます。」
(聖書は日本聖書刊行会の『新改訳聖書』を使っています。文章の頭に数字のあるのが聖書本文です)

 「これらの話」というのは、その終末に関する長い説教のことです。
 2節に書かれているイエスさまのことばは、十字架の予告です。このようなことばは以前にもイエスさまは弟子たちに言われました。しかしここでは弟子たちの反応は何も書かれていませんので、弟子たちはこのイエスさまのことばに何も危機的なものを感じていなかったのでしょう。
 過越の祭りというのはユダヤ人の三大祭の中でももっとも大切なものです。エジプト脱出の出来事に由来する祭りです。この祭りにはユダヤ人たちはエルサレムの神殿に、神さまを礼拝するために集まってきます。

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Comments

キリスト、仏教、イスラム等々、
宗教はなぜいろんな方向(宗派)に分かれていったのでしょうね。
それぞれ元は一つだった筈です--よね。多分後生の弟子達によっていろいろ分派が出来たのでしょうけど。
元の一つ以外は全部偽物という事になりませんか。元の一つに統一しようという話しも聞きませんネ。それぞれがそれぞれの教えに固執するだけで、
難かしいな+++宗教って
ちなみに私のところは、浄土真宗西本願寺派---仏教派でいいと思うのですが。


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