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2004.03.03

互いに赦し合うこと

 《それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい》(コロサイ人への手紙3章12-13節)。
 ここには新しくされた人の徳と言われるもののリストがある。「深い同情心、慈愛……」などである。私たちはみな自己中心な者である。聖書ではそのような私たちの状態を「罪」の状態と言う。しかしここにあげられているリストはどれも、他者に向かうものである。このように自己中心の存在である私たちが、ほかの人に向かって行く徳を身に着けるためには、私たち自身が何らかの満たしを得ていなければならない。それが最初に述べられているように、「あなたは、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者」なのだよという語りかけによって、私たちは満たされるのである。この神による高い評価は、私たちに生きる自信を与えるのではないか。
 いまの世界では人の価値を貶めることが横行しており、そのなかで人々は自分の無価値さに苦しめられている。そのような中で、神を信じるものに神は「あなたは選ばれている者、聖なる、愛されている者」なのだよと語ってくださることは、私たちにとっては大きな励ましなのではないか。
 このようにして私たちは自分の存在の根拠に確実な価値を確信するとき、他者に対して深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容をもって新しい人間関係を築くことができるのである。「ほかの人に不満を抱くようなことがあっても、互いに赦しあう」。この手紙が書かれた第一世紀にも、互いに赦し合うことは、社会を築き上げるための大きな力であったと思う。神がひとり子イエスを私たちに送ってくださり、このお方が私たちの身代わりとなって十字架でご自身の命をささげてくださった。それによって私たちと神との関係に和解の関係が成立した。それと同じように互いに赦しあうように勧められている。憎しみは破壊につながる。しかし互いに赦しあうという和解の働きは、この社会を築き上げる力である

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Comments

>このようにして私たちは自分の存在の根拠に確実な価値を確信するとき、他者に対して深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容をもって新しい人間関係を築くことができるのである。

はじめまして。色々と教えられております。
心理学ではなく、神の愛に基づいて自分の価値を自覚することがないと、結局自分も他人も傷つけるしかないと思います。
よくクリスチャンが「自分に死ぬ」といいますが、いささか自虐的な思い込みかもしれません。まず圧倒的な神の愛に触れることが重要と考えております。これからもご教示ください。
kazenotayori


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