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2004.05.17

イエス・キリストの十字架物語 11

26:51 すると、イエスといっしょにいた者のひとりが、手を伸ばして剣を抜き、大祭司のしもべに撃ってかかり、その耳を切り落とした。
26:52 そのとき、イエスは彼に言われた。「剣をもとに納めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます。
26:53 それとも、わたしが父にお願いして、十二軍団よりも多くの御使いを、今わたしの配下に置いていただくことができないとでも思うのですか。
26:54 だが、そのようなことをすれば、こうならなければならないと書いてある聖書が、どうして実現されましょう。」
26:55 そのとき、イエスは群衆に言われた。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってわたしをつかまえに来たのですか。わたしは毎日、宮ですわって教えていたのに、あなたがたは、わたしを捕えなかったのです。
26:56 しかし、すべてこうなったのは、預言者たちの書が実現するためです。」そのとき、弟子たちはみな、イエスを見捨てて、逃げてしまった。
(聖書の引用は『新改訳聖書』からです)

 ここには二度、イエスさまの逮捕が、旧約聖書の預言の成就であると説明があります。その有名な箇所はイザヤ書という預言書の53章です。ユダヤ人たちはこの預言のことばをよく知っていました。
 マタイの福音書には繰り返し旧約聖書が引用されて、イエスさまの生涯のポイント、ポイントで、旧約聖書の預言の成就であると説明しています。ここではイエスさまご自身が、旧約聖書の預言が成就すると予告しているのです。著者のマタイさんをはじめ弟子たちは、この緊急事態の中で、旧約聖書をいちいち確かめていたわけではありません。マタイさんが後になって、復活のイエスさまに出会い、こうしてイエスさまの業績を記録するときに、改めて預言の成就だったのだと確認しながら記録しているものと思われます。
 復活のイエスさまに出会った弟子たちは、普段教えられ、毎週の安息日ごとに会堂で読まれる預言者のことばに、まったく新しい意味を見出したのです。旧約聖書の預言が語っていたことは、こういうことだったのかと気がついたのです。

 イエスさまが捕らえられるという予想外の出来事にぶつかったペテロは、何がなんだかわからずに手にしていた剣を振り上げて、大祭司のしもべの一人に切りかかりました。ルカの福音書によると、そのしもべの耳を切り落としたとあります。それを見てイエスさまは剣を納めるように命じ、「剣を取る者はみな剣で滅びます」と言われました。
 私たちはこのことばに謙遜になって耳を傾けなければならないのではないでしょうか。私たちの時代ならば、イエスさまは武力を用いる者は武力によって滅びるといわれたでしょう。このことはまさに永遠の真理であります。暴力を使うものもまた、暴力によって滅びるのです。

 イエスさま逮捕という突発事件に、弟子たちはみな、イエスさまを見捨てて逃げてしまいました。聖書というものは実に正直に出来事を記録します。この福音書の著者のマタイさんも、弟子たちの一人だったのです。そして彼もまたイエスさまを見捨てて逃げてしまった一人でした。

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