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2004.05.29

イエス・キリストの十字架物語 13

大祭司カヤパの判決

26:62 そこで、大祭司は立ち上がってイエスに言った。「何も答えないのですか。この人たちが、あなたに不利な証言をしていますが、これはどうなのですか。」
26:63 しかし、イエスは黙っておられた。それで、大祭司はイエスに言った。「私は、生ける神によって、あなたに命じます。あなたは神の子キリストなのか、どうか。その答えを言いなさい。」
26:64 イエスは彼に言われた。「あなたの言うとおりです。なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。」
26:65 すると、大祭司は、自分の衣を引き裂いて言った。「神への冒涜だ。これでもまだ、証人が必要でしょうか。あなたがたは、今、神をけがすことばを聞いたのです。
26:66 どう考えますか。」彼らは答えて、「彼は死刑に当たる。」と言った。
26:67 そうして、彼らはイエスの顔につばきをかけ、こぶしでなぐりつけ、また、他の者たちは、イエスを平手で打って、
26:68 こう言った。「当ててみろ。キリスト。あなたを打ったのはだれか。」
(聖書の引用は『新改訳聖書』からです)

 大祭司カヤパのもとでの裁判が続きます。
 何人かの証言が続きましたがイエスさまは黙っておられました。その様子を見て大祭司は、いささかいらだちながら言います。「何も答えないのですか。この人たちが、あなたに不利な証言をしていますが、これはどうなのですか」。
 通常、裁判を受ける被告は、自分から弁明するチャンスが与えられていたのでしょう。いまのように弁護士がつけられていたわけではないようですから、被告自らが弁明しなければならなかったのです。

 大祭司カヤパに催促されて弁明するチャンスが与えられたのですが、それでもイエスさまは何もおっしゃらなかったのです。ぞこで大祭司は質問しました。「私は、生ける神によって、あなたに命じます。あなたは神の子キリストなのか、どうか。その答えを言いなさい」。

 これは治安の問題ではなくて宗教的な問題です。
 ユダヤ人の最高議会では、単に治安の問題ではイエスさまを死刑にするための材料はありませんでした。イエスさまは治安に関することで犯罪者となるような行動は何もしていなかったのです。ですからこの最高議会で判決を下すのには宗教的な問題がなければならなかったのです。それで大祭司はイエスさまが弟子たちに教えておられた「神の子キリスト」であるかどうかを質問しました。
 イエスさまがご自分は神の子キリストであると弟子たちに教えてきました。そのことはすでに最高議会の議員たちの耳にも入っていたのでしょう。ユダヤ人にとっては「神さま」というお方はまったくきよいお方であり、神さまが汚れた人の姿を取って現われるなどということは、とても考えられないことでした。ですからイエスさまが自ら神の子であるというなどということは、神を冒涜する重大な罪であると考えられていたのです。

 大祭司の質問に対してイエスさまは「あなたの言うとおりです」と、ずばりと大胆にお答えになりました。これは決定的な発言です。イエスさまはそれに続けてさらに言われました。「人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります」。
 これはまさに追い討ちをかけるようにユダヤ人の最高議会の議員たちに襲いかかりました。ユダヤ人はこのような神を冒涜するようなことばを耳にするだけでも、神さまの前に汚れたものになってしまうと信じていました。ですから一同はまさに耳を覆って恐れおののいたことでしょう。
 大祭司カヤパは大声で叫びます。彼は「自分の衣を引き裂いて」叫びました。「神への冒涜だ。これでもまだ、証人が必要でしょうか。あなたがたは、今、神をけがすことばを聞いたのです」。こうして決定的な判決が下されます。神を汚した、神を冒涜したというのです。これはユダヤ人にとっては最高の刑罰に当たる罪です。
 この判決が下るとそこに居た人々は、イエスさまにつばをはきかけ、なぐりつけ、こずきまわし、さんざん軽蔑しました。

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「自分の衣を引き裂く」というのは、ユダヤ人の怒りをあらわす激しい感情の表現です。
映画『パッション』でこの場面がありましたが、大祭司が着ていた衣装は、厚ぼったいようなものだったので、俳優さんが衣を引き裂くという演技は不発に終わったようでした(^O^)

2004.05.27

イスラエル軍ラファから撤収

CNN.co.jp - ワールド

イスラエル軍はラファで激しい軍事行動を行なったが、この結果パレスチナ人40人のほか、動物園も破壊して多数の動物も殺害したのだそうだ。

今回のイスラエル軍の軍事行動は、パレスチナ過激派が掘削したエジプトにつながる武器密輸トンネルを破壊するのが目的だった。

なぜ? と問うことに疲れてしまっているこのごろである。

核を巡る世界の七不思議

イスラエル核開発スクープの英国人記者、治安当局が拘束 - asahi.com : 国際

イスラエルは核兵器の開発をしている。
北朝鮮は核開発をしていたがゆえに「悪の枢軸」と呼ばれた。
イラクは大量破壊兵器を持っているという疑いだけで破壊されてしまった。
アメリカは核実験を行なった。
核を巡る不思議がまかり通っていて、世界中は目を回している。

2004.05.25

バックオーライ・うまくいくか!

「トラックバック」というものがよくわからないので、ここにやってきたのですが、説明を読んでもさっぱりわかりません。
そこでこれは実際にやってみるっきゃない! ということで、マニュアルのしたがって、意味のない文章を書いています。
これでうまくいくのでしょうかね。

映画『パッション』・すばらしい音楽

 映画『パッション』を見た。
 イエスの鞭打ち刑から十字架にいたるまで、残虐な場面が続くというので注目されている作品。確かに気の弱い人にとっては、正視できなくなるような残虐な場面が続く。これは賛否の分かれるところであろう。
 監督のメル・ギブソンは最初にイザヤ書53章のみことばを掲げているように、キリストの苦しみ、打ち傷を忠実に描こうとしたのであろう。そこに贖いのメッセージがあると聖書は語る。この残虐な場面、一方ではそれはキリストの打ち傷と苦しみとを表わしているのであるが、その場面の中に、いくつかの聖書の重要なメッセージが挿入される。最後の晩餐の場面の《これは、わたしの契約の血です。罪を赦すために多くの人のために流されるものです》や、《自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい》などが挿入されて、それによってキリストの苦しみの意味が、より深く説明されている。ギブソンは単に残虐な場面を描くのではなくて、聖書のメッセージをより具体的に提示しようとしているのではないか。
 聖書のドラマをそのまま描いているので、聖書を良く知らない人には、出来事の意味がよくわからなかったのではないか。聖書そのものでも謎ではあるけれども、イスカリオテ・ユダがなぜイエスさまを裏切ったのかがドラマとしては意味不明ではなかったか。また祭司長たちがどうしてあそこまで熱心に、イエスの十字架刑を要求したのかも、ドラマとしてはよくわからないのではないか。クリスチャンたちもあの時代のユダヤ人とローマ政府との関係を、十分に理解しているとは思われない。したがって聖書的背景のない日本人の観客にとっては、ただ残虐な場面だけという印象になってしまうのではないだろうか。

 音楽は非常に良かったと思う。いわゆる「アーメン終止」と言われるものを動機としたコラール風の美しい旋律と、それにオーバーラップしてくる激しい音楽。それは打楽器や叫び声や、物を打ちたたく音などの強烈な音響と、人々の叫び声や、悲鳴のように響く旋律などで、イエス自身の苦しみの叫びや、人々の恐怖などが音響化されている。全編ほとんどに音楽がつけられているが、その激しい音楽は、時には単なる音響効果のように聞こえるほどである。
 この二つのまったく異質な音楽が組み合わされていくことによって、イエスに対する激しい残虐さと人々の狂乱の中に、神さまの御わざが実に静かに確実に進められていくことが描かれている。したがって画面が残虐であればあるほど、この音楽によって、その見た目の残虐さの背景にある静かな神のみわざが感じられる。そこにはキリストの打ち傷によって、私たちはいやされたというイザヤ書のメッセージが見事に描かれていると言える。
 特に残虐な場面の中に突然挿入される回想場面では、静かな旋律だけが演奏されてイエスさまのメッセージを浮き上がらせて、良い効果を挙げていた。この音楽の作り方は、バッハの『マタイ受難曲』のなかの、イエスのことばが歌われるレシタチーヴォには、やわらかい響きの弦楽合奏がつけられていることからヒントを得たのではないか。
 音楽は非常に良かったと思う。

ガザ地区の戦闘は一応終結

@nifty:NEWS@nifty:イスラエル軍、ラファから撤退(読売新聞)

イスラエル軍はガザ地区から撤収したらしい。
今回の戦闘でパレスチナ人に40人以上の犠牲者が出た。

今回の闘いはイスラエル人入植地の撤収とは関係ないらしい。
過激派をたたくのが目的だったらしい。

2004.05.22

羽生名人危機に・将棋名人戦

MSN-Mainichi INTERACTIVE 名人戦

森内竜王の冷静な判断が勝利につながったのでしょうね。
羽生名人が森内陣に飛車を打ち込んでからは、素人の私たちには何がなんだかわからない将棋になりました。
羽生さんの奮起に期待したいですね。

2004.05.20

イスラエルによるラファ虐殺

イスラエル。ガザ地区でのイスラエル軍による攻撃はまだ続いています。
イスラエル軍は、ガザ地区の最南端にあるラファという町を包囲して攻撃を続けています。これに抗議してパレスチナ人は大規模なデモ行進をしました。そのデモ隊に向かってイスラエル軍はミサイルを発射しました。この攻撃によってパレスチナ人20人が死んだと伝えられています。この死者の中には14歳以下の子どもたちも5人含まれているということです。

"rafahtoday"のムハンマド君は、ラファの住民には水も食料もなくなっているという緊急事態を訴えています。

国連安保理は、ラファでのイスラエルの大規模軍事作戦に対して、直ちに中止するよう要求する決議を採択した。賛成14、反対0、棄権1。棄権は言うまでもなく米国でした。米国はいままでイスラエルに不利な決議には、拒否権を行使してきましたが、さすがに今回は棄権に回りました。
しかしイスラエルはこのような国連決議は、守ったことがないのです。国連などはイスラエルの眼中にはないのでしょうね。

しかしこの虐殺は、早く何とかしなければならないでしょう。

2004.05.19

イエス・キリストの十字架物語 12

 イエスさまがゲツセマネの園で逮捕されたのは夜中でした。イエスさまを捕らえた人たちは、そのままイエスさまを大祭司カヤパのところに連行します。

26:57 イエスをつかまえた人たちは、イエスを大祭司カヤパのところへ連れて行った。そこには、律法学者、長老たちが集まっていた。
26:58 しかし、ペテロも遠くからイエスのあとをつけながら、大祭司の中庭まではいって行き、成り行きを見ようと役人たちといっしょにすわった。

 大祭司カヤパの官邸という場所が今もシオンの丘に残っています。そこには立派な教会が立てられています。この教会は「鶏鳴教会」と呼ばれています。すなわちペテロがイエスさまを否定したとき、鶏が鳴いたということを記念してつけられた名前です。
 エルサレムの神殿の側からこのシオンの丘に向かって行くと、古い石畳があります。これはビザンチン時代のものだといわれています。もしかしたらこの石畳の階段は、イエスさまの時代からあったものではないかと考えられています。この石畳の階段を上りますと、カヤパの官邸のあった場所に立てられたという「鶏鳴教会」の入り口になります。イエスさまもイスカリオテ・ユダを先頭とする群衆に引き立てられて、この階段を上ったのかもしれません。

 ほとんどの弟子たちは、イエスさまが逮捕されると同時に、自分たちも逮捕されるのではないかと恐れて、散りじりに逃げてしまいました。弟子たちの中でも大祭司の知り合いだったと言われるヨハネが、イエスさまを引き立てる者どもといっしょにカヤパの官邸の中まで入って行きました。また弟子の一人のペテロも、恐る恐るついてき、大祭司の官邸の中庭にまで入って行きました。
 カヤパの家には、真夜中であるにもかかわらず、ユダヤ人議会の全員が招集されていました。

26:59 さて、祭司長たちと全議会は、イエスを死刑にするために、イエスを訴える偽証を求めていた。
26:60 偽証者がたくさん出て来たが、証拠はつかめなかった。しかし、最後にふたりの者が進み出て、
26:61 言った。「この人は、『わたしは神の神殿をこわして、それを三日のうちに建て直せる。』と言いました。」
(聖書の引用は『新改訳聖書』からです)

 議会が真夜中に開かれるというのも異常であります。ユダヤ人の最高指導者たちは、非常に大きな危機感を抱いていて、なんとかしてこのイエスさまを中心とするナザレ人たちの一派を、取り押さえてしまわなければならないと感じていたのでしょう。しかも始めは、過越の祭りの間は民衆の暴動になるのを恐れて、見合わせようということになっていたのに、イスカリオテ・ユダがイエスさまを捕らえる手引きをするからと、しかも今夜実行しましょうという提案があったのでしょう。それで最高指導者たちは緊急に全議員を招集して、イスカリオテ・ユダの一行がイエスさまを捕まえてくるのを待っていたというわけです。
 議会では最初からイエスさまを死刑にしようとして会議を開いたようです。それにしても死刑に値する証言がなければ、全議会を納得させることができないので、何人もの証言が求められました。でもそれらの証言からは、イエスさまを死刑にするための十分な証拠はつかめませんでした。

 この当時は、治安の責任はローマ政府が握っていました。このときに、このユダヤの地方の治安の責任が与えられていたのは、ローマ政府によって立てられていた「総督」と呼ばれる人でした。そういうわけでユダヤ人自身には、治安の責任が与えられていなかったのです。言い換えれば、死刑にするのには、それなりの理由をつけてローマ政府の総督に訴えて、そこで死刑の判決をもらわなければならなかったのです。
 それで大祭司カヤパをはじめ、イエスの死刑を支持する人たちは、ローマ政府に訴えるだけの証拠を探しました。ローマ政府は、ユダヤ人の宗教の問題には口を出しませんでした。ですからユダヤ人の最高議会は、暴動という治安上の犯罪者だという証拠がなければならなかったのです。「神殿を壊して、三日のうちに立て直す」という証拠は、暴動という理由に該当するものと判断されたのでしょう。

ガザ地区のラファで激戦続く

イスラエル軍はガザ地区のラファに対して、第3次中東戦争以来の猛攻を仕掛けていると、今日の毎日新聞夕刊は伝えています。

Rafah's Website

"rafahtoday"というレポートを載せているムハンマド君は、今日の攻撃で二人の親しい友人を失った(14歳と12歳)と書いています。
そしてこのblogも、もう続けられないと報じています。
なんとか早く、戦争状態が治まるように祈ります。

名人戦第4局

MSN-Mainichi INTERACTIVE 名人戦

今日から名人戦第4局ですね。
第3局は角代わり腰掛銀戦法で、羽生名人が有利に闘いを進めて勝利しました。
森内竜王が序盤から中盤にかけて、ちょっと油断したのではないでしょうか。

毎日新聞の名人戦のリアルタイム棋譜は、有料になってしまいました。それも一ヶ月500円と、ちょっと高めです。他の新聞社のタイトル戦リアルタイム棋譜は、無料なのに、毎日さんはどうしたのでしょうね。
ついでですが、Mainich INTERACTINE がMSNといっしょになってから、全体に使いにくくなったと思いません?

2004.05.18

国会議場でテトリス

MSN-Mainichi INTERACTIVE 今日の話題

小泉首相:「議場で携帯やマンガはダメ」 若手議員に苦言

先日、国会議場で出席議員が、ケータイで一生懸命テトリスのゲームやっているのが、テレビで報道されてしまった。
そうですね、議事の最中は暇なんですよね。同情します。
禁止された後は、居眠りですよね。

小沢氏の国民年金未加入問題・その2

MSN-Mainichi INTERACTIVE

 民主党は、小沢氏が代表選立候補を辞退したので、岡田氏が無投票で代表になった。
 小沢氏の立候補辞退は、パフォーマンスなのだろうか。国民年金未加入であったので辞退という理由も、納得いかないものではないか。
 このところの年金未加入のドタバタ劇を見ていると、小沢氏も、民主党全体も、真剣に年金問題に取り組む意志がないのではないかと思わせられる。年金未加入が、政治家としての資質を問われる問題かもしれないが、未加入の責任をとって役職を辞するということは、年金問題への取り組みを放棄しているようにしか見えない。政治家好みのことばに「政治生命をかけて……」ということばがあるが、真剣に政治に取り組んでいるのだろうか。

 年金に加入ということは、それこそ個人の責任の問題ではないかと思う。確かに自己責任の一つであるには違いないが、この個人の情報が、突然に週刊誌などに報道されるということは、気持ち悪いのではないか。女優や政治家は公人であるので、個人情報は開示されてもいいのだということなのだろうが、こういう開示のされ方というのはやりすぎではないのか。
 たとえば小泉首相は、自分では車を運転しないだろうが、首相が乗った車が、スピード違反をしたとか、一時停止しなかったとかということも開示されるのだろうか。そして一国の首相ともあろう人が、運転手に注意しなかったという理由で、その職を下りなければならない問題なのか。それが政治生命をかけることに違反してしまうことになるのだろうか。
 小沢氏は確かに未加入の自己責任を取って、立候補を辞退したのであろうが、とすると小沢さんは、イラクで人質となった人たちにも、同じように自己責任を問うのだろうか。

 人には誰にでも細かいミスがある。こういうミスはいろいろな要素から起こる。ミスはミスとして責任は問われることではあるが、そのようなミスを、うっかりミスとして犯してしまうよな社会システムにも問題があるといえる。特に今回の国民年金の問題では、システムの複雑さということが、要因であることは了解されている。したがって責任を取って辞職すると言うよりも、自分の責任を公にして謝罪をし、その上でこの問題に、それこそ政治生命をかけて取り組むということのほうが、より積極的なのではないか。それでも不安ならば、選挙で国会議員に選ばれたのだから、選挙民に判断してもらったらどうか。

 年金システムの複雑さということがいわれているが、実は単純なことなのではないかと思う。厚生年金や、その他の公的年金の加入資格を失ったなら、国民年金に加入するということなので、ごく単純なことなのである。このことが徹底されていないというところに、改善しなければならない課題があるのではないか。私は年金をいただいている立場なのですが……。

イスラエル:ラファを完全に包囲

MSN-Mainichi INTERACTIVE 今日の話題

このところのガザ地区での戦争は、南端のエジプトとの国境にあるラファで起こっている。このラファは南部の主要都市ハン・ユニスの南にあり、小さい町であるが、難民キャンプもある。
イスラエル軍はこの町を、ハン・ユニスから切り離す目的で包囲してしまったらしい。ここにはパレスチナの武装勢力の拠点があると言われている。

2004.05.17

小沢一郎氏も国民年金未加入?

MSN-Mainichi INTERACTIVE 今日の話題

なんでもやめればいいというものではないのではないか。
もっと大切な問題があるのではないですか。
任意加入のときに加入していなかったから責任を取るというのは、おかしくないか。任意の意味がわからなくならないのか。

年金のシステムに問題があるので、そこを改善することに、全力で取り組んでもらいたいですね。

ガザ地区で連日死傷者

パレスチナ・ガザ地区では、イスラエルとパレスチナの間に戦闘が続き、連日のように死者や負傷者が出ている。

5月11日 
イスラエル兵士 6人死亡 
パレスチナ人  9人死亡 50人負傷

5月12日
空爆でパレスチナ人 3人死亡 20人負傷
地雷に触れてイスラエル兵士6人死亡
イスラエルの報復攻撃でパレスチナ人10人死亡

5月13日
イスラエル兵士 5人死亡
イスラエルの報復でパレスチナ人7人死亡

ガザ地区でイスラエル軍は、軍専用道路を拡張するという理由で、パレスチナ人の家屋を破壊。パレスチナ人1000人以上が家を失った。

ブッシュ大統領は、パレスチナ和平ロードマップが示す2005年までのパレスチナ国家樹立計画は、不可能という見解を示した。クレイ・パレスチナ自治政府首相とパウエル米国務長官が15日、ヨルダンの首都アンマンで会談し、パウエル国務長官はイスラエルのガザ地区からの撤退を支持すると語った。クレイ首相はロードマップが示す05年までのパレスチナ国家樹立を進めるよう要請した。

皇太子殿下の発言の波紋

@nifty:NEWS@nifty:「殿下の説明なければ国民が心配」=両陛下が側近に-皇太子さま発言に驚き(時事通信)

いやぁ、殿下は難しい立場になってしまいましたね。
それにしても思い切ったことを言われたものと、私は感心しています。よほどのことがあったのでしょうね。言われたほうもたいへんなことですね。
いずれにしても、雅子さまが元気を回復するようにと祈るものです。

イエス・キリストの十字架物語 11

26:51 すると、イエスといっしょにいた者のひとりが、手を伸ばして剣を抜き、大祭司のしもべに撃ってかかり、その耳を切り落とした。
26:52 そのとき、イエスは彼に言われた。「剣をもとに納めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます。
26:53 それとも、わたしが父にお願いして、十二軍団よりも多くの御使いを、今わたしの配下に置いていただくことができないとでも思うのですか。
26:54 だが、そのようなことをすれば、こうならなければならないと書いてある聖書が、どうして実現されましょう。」
26:55 そのとき、イエスは群衆に言われた。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってわたしをつかまえに来たのですか。わたしは毎日、宮ですわって教えていたのに、あなたがたは、わたしを捕えなかったのです。
26:56 しかし、すべてこうなったのは、預言者たちの書が実現するためです。」そのとき、弟子たちはみな、イエスを見捨てて、逃げてしまった。
(聖書の引用は『新改訳聖書』からです)

 ここには二度、イエスさまの逮捕が、旧約聖書の預言の成就であると説明があります。その有名な箇所はイザヤ書という預言書の53章です。ユダヤ人たちはこの預言のことばをよく知っていました。
 マタイの福音書には繰り返し旧約聖書が引用されて、イエスさまの生涯のポイント、ポイントで、旧約聖書の預言の成就であると説明しています。ここではイエスさまご自身が、旧約聖書の預言が成就すると予告しているのです。著者のマタイさんをはじめ弟子たちは、この緊急事態の中で、旧約聖書をいちいち確かめていたわけではありません。マタイさんが後になって、復活のイエスさまに出会い、こうしてイエスさまの業績を記録するときに、改めて預言の成就だったのだと確認しながら記録しているものと思われます。
 復活のイエスさまに出会った弟子たちは、普段教えられ、毎週の安息日ごとに会堂で読まれる預言者のことばに、まったく新しい意味を見出したのです。旧約聖書の預言が語っていたことは、こういうことだったのかと気がついたのです。

 イエスさまが捕らえられるという予想外の出来事にぶつかったペテロは、何がなんだかわからずに手にしていた剣を振り上げて、大祭司のしもべの一人に切りかかりました。ルカの福音書によると、そのしもべの耳を切り落としたとあります。それを見てイエスさまは剣を納めるように命じ、「剣を取る者はみな剣で滅びます」と言われました。
 私たちはこのことばに謙遜になって耳を傾けなければならないのではないでしょうか。私たちの時代ならば、イエスさまは武力を用いる者は武力によって滅びるといわれたでしょう。このことはまさに永遠の真理であります。暴力を使うものもまた、暴力によって滅びるのです。

 イエスさま逮捕という突発事件に、弟子たちはみな、イエスさまを見捨てて逃げてしまいました。聖書というものは実に正直に出来事を記録します。この福音書の著者のマタイさんも、弟子たちの一人だったのです。そして彼もまたイエスさまを見捨てて逃げてしまった一人でした。

2004.05.15

記事の訂正です

昨日書いたものは間違っていましたね。
ロイター及び毎日新聞の記事は、捕虜虐待の事件そのものはアメリカにとってボディーブローであったというものですね。
ashi.comの記事は、事件そのものは痛手だったが、それに対する批判の声は、致命的なものではなく、ラムズフェルド長官の首は危うくつながっているというものですね。

読み間違いでした。失礼しました。

それにしてもasahi.comは、国防長官に同情しているのでしょうかね。

2004.05.14

ラ国防長官の発言はどっち?

@nifty:NEWS@nifty:米国防長官、アブグレイブ刑務所を訪問(ロイター)

ロイター通信は、ラムズフェルド国防長官がイラク人虐待事件の舞台となったアブグレイブ刑務所を訪問し、そこで演説をして、この事件は米国にとって「手痛い打撃である」と語ったと伝えている。

ラムズフェルド国防長官、アブグレイブ刑務所視察 - asahi.com : 国際
asahi.comによれば、事件に対する批判は「致命的ではない」と述べたとある。これはどっちなのでしょうね。毎日新聞もロイターと同じで「米政権への『ボディーブロー』」という見出しをつけているのですがね。

2004.05.12

ガザ地区で激しい戦争

MSN-Mainichi INTERACTIVE イスラエル
イスラエル。ガザ地区南部で11日激戦があった。シャロン首相は相変わらず、徹底的にやっつけると豪語している。
シャロン首相は与党リクードを説得するために、パレスチナ過激派の徹底殲滅を推し進めようとしていると思われるが、パレスチナ過激派の強力な抵抗に出会っているようです。

ロイター通信ニュース
ブッシュ大統領はパレスチナへ書簡を送って、イスラエルのガザ地区撤収を支持し協力するように呼びかけた。イスラエルの撤退がパレスチナ国家樹立につながると説得している。
イスラエルも引き上げるのなら、だまって引き上げればいいのではないかと思うのですがね。

2004.05.10

イエス・キリストの十字架物語 10

イエスさまの逮捕
26:44 イエスは、またも彼らを置いて行かれ、もう一度同じことをくり返して三度目の祈りをされた。
26:45 それから、イエスは弟子たちのところに来て言われた。「まだ眠って休んでいるのですか。見なさい。時が来ました。人の子は罪人たちの手に渡されるのです。
26:46 立ちなさい。さあ、行くのです。見なさい。わたしを裏切る者が近づきました。」

 イエスさまの最後のことばには、ご自身でさえも避けたかった十字架刑という苦難に向かって、自らの毅然とした決断が表われています。悪に対して勇敢に立ち向かわれるイエスさまの姿です。

26:47 イエスがまだ話しておられるうちに、見よ、十二弟子のひとりであるユダがやって来た。剣や棒を手にした大ぜいの群衆もいっしょであった。群衆はみな、祭司長、民の長老たちから差し向けられたものであった。
26:48 イエスを裏切る者は、彼らと合図を決めて、「私が口づけをするのが、その人だ。その人をつかまえるのだ。」と言っておいた。
26:49 それで、彼はすぐにイエスに近づき、「先生。お元気で。」と言って、口づけした。
26:50 イエスは彼に、「友よ。何のために来たのですか。」と言われた。そのとき、群衆が来て、イエスに手をかけて捕えた。
(聖書の引用は『新改訳聖書』からです)

 イエスさまを捕らえにやってきたのは、イエスさまを祭司たちに売り飛ばしたイスカリオテ・ユダを先頭にした群衆でした。しかしこの群集はみな、祭司長、長老たちによって送られてきたものでした。

 5年ほど前にアメリカに行った時、ワシントンDCの"National Gallery of Art"で、カラヴァッジョという作家の『イエスの逮捕』という作品に出会ってびっくりしました。カラヴァッジョ(1573-1610)という作家は、イタリア人で、「光と影の巨匠」と呼ばれているように、光と影を見事に描き出す作家です。彼はギリシャ神話や聖書を題材として、非常にドラマチックな場面を描いた作品をたくさん残しています。
 この『イエスの逮捕』という作品は、画集などで私にはなじみの作品でしたが、ワシントンの美術館で本物に出会って、大変驚いたことがありました。画面の中央には、ローマ兵士のよろいをつけた腕が、まさにイエスさまを捕まえようと伸びています。イスカリオテ・ユダがイエスさまに口づけしたところです。そして左には弟子の一人が大声で叫んでいる様が描かれています。イエスさまの両手は、前でしっかりと組み合わされていて、イエスさまがまったく無抵抗であることが描かれています。
 ここまでは見慣れた画面だったのですが、実は、その左のずっと奥に、二人の人物が描かれていました。その二人の人物は、服装から、祭司たちであることがわかります。彼らは画面から左のほうに立ち去っていくように描かれていました。カラヴァッジョは「群衆はみな、祭司長、民の長老たちから差し向けられたものであった」という、この一行をそこに描いているのは明らかです。この二人の祭司たちは、「俺たちは知らないよ」と言っているように見えるのです。

 "メメンとモリ@New Yoork"によれば、この作品は、英国の美術館が保有しているものです。ワシントンの"National Gallery of Art"の説明文によれば、私が行った時には、たまたま英国から長期貸し出されて展示されていたものでした。幸運でした。

2004.05.07

シャロン首相のガザ撤退案

MSN-Mainichi INTERACTIVE 中近東・ロシア

イスラエル。シャロン首相のガザ地区入植地撤退案に対して、与党リクードの議員投票は反対意見が大勢を占めた。これを受けてアメリカと、国連、EU、ロシアはシャロン首相のガザ地区撤退は、和平へのロードマップ実現の第一歩だとして歓迎する声明を発表した。
この支持を受けてシャロン首相は、この計画を実行に移すつもりらしい。しかしパレスチナ側が恐れているように、この計画がロードマップの実現の方向ではなくて、西岸地区での分離壁建設を正当性化する方向へ向かいそうに思われる。

福田官房長官辞任

MSN-Mainichi INTERACTIVE

とうとう福田官房長官の辞任ですか。
なんかほかの方たちを代表して辞任したというニュースもありましたね。
それにしても国会議員の先生方も、年金保険の仕組みがよくわからないという複雑な仕組みを、何とかしなければならないのではないでしょうか。

後任は細田博之官房副長官の昇格だそうですが、「福」から「細」へ、
年金生活のの幸福も細くなるということなんでしょうかね。

2004.05.06

ヨンさま。ヨ~ンさま。

今や「冬ソナ」ブームで、日本中が「ヨンさま」「ヨ~ンさま」と大騒ぎになっているそうです。

私の家内にとって1さまは、氷川きよしさま。
2と3はなくて、その次が、
ヨンさま。

私は10番目。
それで「オトーさま」と呼ばれています。

2004.05.04

牧師のお仕事

連休のさなかですが、ココログはけっこうにぎわっていますね。

牧師という職業人は、年中無休という感じがあります。この世の中は大型連休だといって、都会はすきすきになっていますが、私は今日もまたある人との会談がありました。とはいってもややこしい問題ではなくて、今の時代にいかにしたら聖書のメッセージが理解してもらえるだろうかという話でした。

というわけで牧師という仕事は、人々が休みの時には仕事をしていて、みんなが休みも終わってから、遅れて休みを取って観光地などに出かけていくという、特別な利点もあります。
ところが連休明けなどに観光地に行くと、人はいませんし、お店や観光施設などはがらんとしていて、ここもまた連休疲れという、なんかいたいたしい雰囲気が広がっています。

みなさん連休、おつかれさまです。

イエス・キリストの十字架物語 9

 大作曲家バッハの作品に『マタイ受難曲』という名曲があります。この曲はマタイの福音書の受難のところを、そのままひたすらに読んでいくという曲です。そのなかにアリアや合唱曲や、コラールと呼ばれる讃美歌がちりばめられています。この曲は世界中のすべての音楽作品の中でも、最もドラマチックで、最も美しい傑作ではないかと思います。
 この中の20番目(新バッハ全集の番号)の曲は、このゲツセマネの物語の中で歌われます。それは通奏低音の上に載って、オーボエのソロと、テナーのソロが歌われ、それに合唱が加わるという構成になっています。
 この曲の題は「私はイエスとともに目覚めていよう」です。この曲の前に歌われるテナーのソロと合唱のレシタティーヴォは、イエスさまの深い悲しみともだえとが歌われ、実に悲痛な曲です。それに続いてこの曲は、全68曲ある中でも、最も美しい曲と言ってもいいようなものです。イエスとともに目覚めているとき、私の罪は消え去って、喜びがあふれてくると歌います。オーボエソロと、テナーの美しいメロディと、優しい響きのする合唱とが、この喜びを歌い上げていきます。ほんとうに美しい曲です。

26:39 それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」

 イエスさまは「できますならば、この杯を過ぎ去らせてください」と祈ります。「杯」というのは神の怒りを表わす象徴的なことば(黙示録14:10、16:19)です。ということはこれから歩んでいこうとしている十字架の道は、神の怒りのわざであることを意味していると言えます。
 すなわちイエスさまは人の手によって十字架という手段で処刑されたけれども、それは神の怒りの現われであって、神が人のすべての罪に対する怒りを、イエスさまの上に下されたことを意味するのです。それゆえに神の御子であるお方にとっても、この十字架の犠牲というわざは、できれば避けたいものであったこと。言い換えれば十字架という方法は、神ご自身からはまさに非常手段であったことを暗示しています。
 しかしイエスさまは「あなたのみこころのように」と祈り、天にあって、この地上に下ってこられる前に、天上の会議で決定されたことに、全面的に従うという決意が表明されています。
 神の怒りがイエスさまの上に下されたということは、神を信じないで自分勝手な生き方をしていた私たちに下されるべき神の怒りが、私たちの代わりにイエスさまの上に下されたということを意味します。

26:40 それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「あなたがたは、そんなに、一時間でも、わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。
26:41 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」
26:42 イエスは二度目に離れて行き、祈って言われた。「わが父よ。どうしても飲まずには済まされぬ杯でしたら、どうぞみこころのとおりをなさってください。」
26:43 イエスが戻って来て、ご覧になると、彼らはまたも眠っていた。目をあけていることができなかったのである。
(聖書の引用は『新改訳聖書』からです)

 イエスさまの祈りに表わされている緊張感に対して、弟子たちの気のゆるみが描かれていきます。もっともこのときはすでに深夜になっていたと思われるので、眠ってしまったのもやむをえないと、同情するのです。「心は燃えていても、肉体は弱い」というのは、私たちキリストの弟子であるものたちに対しても、良い警告であります。

どうなるガザ地区

 イスラエル。シャロン首相がガザ地区の入植地を撤収すると宣言していたが、与党リクードの党員投票の結果、60対40の票差でこの案は否決されてしまった。この結果シャロン首相は窮地に立たされることになった。
 シャロン首相はガザ地区を撤収する代わりに、西岸地区は絶対に手放さないという方針だった。またガザ地区を撤収すれば、同地区での緊張が緩和されるという計算だったと思われる。イスラエルの与党のリクードという党は、いわゆる大イスラエル主義の立場をとる党で、パレスチナの存在を認めないという主義。このようななかでシャロン首相が、この時期になぜガザ地区撤収計画を表明したのか、その真意がよくわからない。
 アメリカは、これによって和平へのロードマップが前進できると歓迎したが、シャロンの真意はそういうところにあったとは思えない。シャロン首相はガザ地区を撤収したとしても、西岸地区での分離壁建設には一歩も譲らないという立場を示しており、ロードマップが示していることにはまったく応じる意志はなかったのではないか。ブッシュ大統領も、シャロン首相のロードマップに反する西岸地区の扱いを、ガザ地区撤収という案との引き換えに歓迎してしまった。

 ガザ地区というのは幅およそ10キロ、長さおよそ40キロほどの狭いところ。そこには130万人ほどのパレスチナ人が暮らしており、そのなかに7000人ほどが住むイスラエルの入植地がある。この入植地を守るためにイスラエル軍が常駐しているというのが現状である。
 イスラエルは西岸地区でも同じように、パレスチナ人が居住する中に入植地を建設している。そしてパレスチナ側の攻撃から守るために分離壁を建設している。リクード党、およびその党首のシャロン氏は、パレスチナ人と共存しようという意志はまったくなくて、パレスチナ人をその居住区から追放しようとしか考えていない。
 イスラエル側と定められた地域に住宅地を作れば、何も問題は起こらないのではないかと思う。そうすれば殺し合いも起こらないだろうし、そのための軍事費もかからなくてすむのではないかと、私は思う。イスラエルもヨーロッパに散らされていたユダヤ人たちが、パレスチナに帰還してきているのだから、その人たちのために新しい住宅を作らなくてはならないという必要がある。このことは認められるけれども、それをなにも危険を冒し、殺し合いまでして、パレスチナ側と定められた地域に住宅地を建設しなくても良いのではないかと思う。それだけの費用をかけるのなら、狭いイスラエルの領土の中にも、なんとかして住宅地を開拓するという知恵、技術も与えられるのではないかと思う。

 ともかく今回のリクード党員投票の結果は、現状を解決することとは違う結果になったのではないかと思う。

2004.05.03

映画『キリング・フィールド』

 映画『キリング・フィールド』を見た。これはずいぶん前――10年くらい前か――にも見ていたが、今回ケーブルテレビの「ムービープラス」で放映したので、HDにとっておいて見た。前回見たときにも非常に大きな感動を得たので、とりあえず保存版にしたわけである。

 この映画はベトナム戦争に巻き込まれて、大混乱に陥っていくカンボジア――歴史の事実に疎い者ですが――が舞台である。カンボジア内戦の混乱をルポしたニューヨークタイムズ記者の、シドニー・シャンバーグの体験をもとにして映画化されたもの。シドニーは現地人の通訳兼新聞記者のプランという人と知り合い、プランの助けを得て、この歴史的大事件を報道した。この報道によって彼はピューリッツァー賞を受賞した。

 戦争とその後の政治的、社会的大混乱の中で翻弄される民衆の姿が描かれていて悲惨である。ローランド・ジョフィという監督――この人は『炎のランナー』を作った人――の作品で、彼はこの悲惨な現実を非常にリアルな表現で見せている。まさにいのちがけで大混乱の中に突入していって、その真実をなんとしても見なければならないという新聞記者の迫力は、みごとに描かれていると思う。
 ピューリッツァー賞を受けたとき友人から、おまえは自分の名誉のためにプランを見捨てのじゃないかとなじられて、シドニー苦悩する。自分はそんなことはないと思いながらも、どうすることもできない現実の前で苦しむ。この場面があるので、最後にシドニーがプランの生存の知らせを聞いて、プノンペンの病院で働く彼と再会するところは感動的である。

 しかしそのような迫力を見せてはいるものの、戦争という人間の愚かな行為によって、すべてが破壊されてしまうという悲劇も、実によく伝わってくる。その現実の悲惨な画面とともに、世界で報道されるニュースが流れていて、ニュースというものがいかに現実を伝えられないかという限界も見事に描かれていると思う。この歴史に残る大混乱の時代から25年も過ぎている私たちの時代にも、日々報道されるニュースの背後には、同じような悲惨さが隠されていることを思うと、背筋の寒くなるような思いである。

2004.05.01

ゴキブリ戦争 その2

 前の記事はここ

私の家内は、最近は対ゴキブリ戦争に新兵器を導入している。
床を走っているゴキブリを見つけると、ポットから熱湯をくみ出して、ゴキブリにぶっかけるという方法である。

熱湯の中であえなく動かなくなるゴキブリを見て私は言った。
「かわいそうに。全身やけどじゃないの」。
家内は言います。「ゴキブリに同情することないでしょ!」(*_*)。

私は考える「ゴキブリも神の被造物なんだけどねぇ」。
家内「ゴキブリは悪さするんだから、やっつけていいのよ~ん」。

 すぐ下の記事を参照のこと。

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