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2004.07.30

牧師は日ごろ何をしているの?

 リンク元を調べていたら「業種別blog百選――和尚さんから悪徳不動産まで」というblogに行き当たりました。
 これは文字通り業種別に、管理人が気に入ったBlogをリストアップしているものです。その中の牧師という業種の中に私のblogもリストされていました。牧師がやっているblogは、ほかにもたくさんあるのに、私のが選ばれたのは光栄であります。
 この「業種別blog百選」には、管理人お勧めblogには☆印がついていて、その業種の内部事情がよくわかるものは、☆をたくさんいただけるという仕組みになっています。私のには何もついていませんでした。そうですよね、私の書いている記事を読んでも、この人は何をやっている人なのか、ぜんぜんわからないですよね。すみませんね。

テレビの影響力

 東京でテレビを見るのと、長野県の山の中でテレビを見るのとでは、ずいぶん印象が違うものである。
 NHKのニュースなどを見ていると、バックの画面に出てくるのは長野県の山の風景ではなくて、都心のビル群の風景である。まあ実際には中央のニュースに続いて、その地方のニュースも流れるのではあるが、主なところは中央主義であることに変わりはない。
 山の中でそういうのを見ていると、いったいこのニュースはどこの国のものなの? という感じになるから不思議である。田舎は平和である。こういう平和は貴重なものではないかしらね。

 この国では、どんな地方に住んでいる人にも、自分の身の回りの現実よりも、イラク問題が身近であるということになる。テレビがつむぎだす現実と、自分の生きている現実とが、いつのまにか入れ替わってしまうのではないか。眼に見えない何かの手が、この国全体を支配しているように見える。

2004.07.21

「マイフォト」追加です

自分のアルバム「マイフォト」を造りました。
ようやく、やっと出来上がったという感じです。造り方はややこしかったですよ。
これからは記事と関連の写真を載せて行きたいと思っています。
見てやってくださいね。
右側のいろんな索引があるところの、いちばん下にあります。
そのうちにもっと見やすいところに移動しましょう。

チャールス・ミンガス

 ミンガスの『黒い聖者と罪ある女』をしばらくぶりに聴いた。これは先日の美ヶ原高原美術館ドライブの帰り道に、車の中のステレオで聴いたのです。
 私が持っているものは、CSラジオから録音したものです。この曲は1960年代の初めに初演されたものと記憶しています。そのころの私はいわゆる「ジャズ喫茶」と言われるジャズのレコードを聞かせる喫茶店に入り浸っていました。その頃この曲をリクエストして何度も聞いた曲です。そのすぐ後にクリスチャンになった私は、生活のリズムがすっかり変わってしまったので、ジャズそのものからもしばらくの間はなれることになりました。
 その後CDの時代になり、CSラジオを聴取出来るシステムを作り上げて、再びジャズを聴くようになりました。このミンガスの傑作は、このようにして録音したMDの一枚です。
 同じ曲が、二つの違った演奏になって録音されています。この演奏はそれまでのミンガスの演奏とは少し違っているように思います。事前に綿密に練り上げられた構成によって、みごとな演奏を聞かせています。ミンガスのグループは、そのアンサンブルのすばらしさに魅力があるのではないでしょうか。そのすばらしいアンサンブルからは、これこそ「ファンク」(このことばは今では聞かれなくなってしまったようですが)という演奏を聞かせます。そこに特徴があるのですね。
 この『黒い聖者と罪ある女』も、その緻密なアンサンブルの見事さと、俺たちこそ「ファンキー」だという気概にあふれているような演奏です。胸の中が熱くなってくる一曲です。

2004.07.17

自殺者が増えた

Yahoo!ニュース - 社会 - 共同通信

日本の男性の平均寿命が、3位にとどまったのは、自殺者が増えたからだということです。
日本の社会は、男性を生かすためのエネルギーがなくなっているのではないですか。
これは国民的問題ですよ。

女性の平均寿命が延びたといって、喜んでいる場合じゃないですよね。


1円で……

Yahoo!ニュース - 社会 - 毎日新聞

私も1円で飛行機の旅をしたい。
日本航空に掛け合ってみるか。

事故には巻き込まれないように

YOMIURI ON-LINE / 社会

長野自動車道で、上下線にかかわる事故があって、一人死亡、二人重傷とのこと。
他の事故に巻き込まれたのが原因。高速道路上での事故では、他の事故に巻き込まれるのが一番怖いのではないですかね。

気をつけなくっちゃ。

2004.07.15

イエス・キリストの十字架物語 16

27:20 しかし、祭司長、長老たちは、バラバのほうを願うよう、そして、イエスを死刑にするよう、群衆を説きつけた。
27:21 しかし、総督は彼らに答えて言った。「あなたがたは、ふたりのうちどちらを釈放してほしいのか。」彼らは言った。「バラバだ。」
27:22 ピラトは彼らに言った。「では、キリストと言われているイエスを私はどのようにしようか。」彼らはいっせいに言った。「十字架につけろ。」
27:23 だが、ピラトは言った。「あの人がどんな悪い事をしたというのか。」しかし、彼らはますます激しく「十字架につけろ。」と叫び続けた。
27:24 そこでピラトは、自分では手の下しようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、群衆の目の前で水を取り寄せ、手を洗って、言った。「この人の血について、私には責任がない。自分たちで始末するがよい。」
27:25 すると、民衆はみな答えて言った。「その人の血は、私たちや子どもたちの上にかかってもいい。」
27:26 そこで、ピラトは彼らのためにバラバを釈放し、イエスをむち打ってから、十字架につけるために引き渡した。
(聖書の引用は『新改訳聖書』からです)

 総督ピラトの官邸の前に集まった群集は、激しく叫び続けました。彼らは祭司長、長老たちに説得されて、ナザレのイエスを十字架につけろと叫びたてました。ピラトはこのままでは暴動になりかねないという危機感を感じて、この判決については自分には責任がないということを表明して、群衆の前で手を洗います。
 しかし群集は叫び続けました。「その人の血は、私たちや子どもたちの上にかかってもいい」と。
 この叫びは聖書の中でも、非常に恐ろしい叫びの一つであると私は感じるのです。ユダヤ人たちは、神さまを絶対的なお方と信じていました。ですからこの神さまにのろわれるなどということは、間違ってもしなかったのです。神さまにのろわれるということは、即地獄行きを意味していたからです。
 このときの群集の叫びは、自分たちも、また自分たちの子孫も、神さまにのろわれてもいいという断言を意味しています。
 ユダヤ人の指導者たちは、このようにしてきわめて不法な手段を用いて、神のみ子であるお方を十字架刑に処するという道を歩んだのです。彼らは自分の罪に目が見えなくなっていて、自分では最善を行なっていると思い込んでいたのでしょう。
 一方、イエスさまの弟子たちも、イエスさまの逮捕からの一連の出来事の中に翻弄されて、その意味は何も理解できなかったでしょう。一体何事が起こっているのかさえも理解できなかったでしょうし、考えることさえできなかったのではないでしょうか。

2004.07.14

ジェンキンスさんを支援したい

Yahoo!ニュース - 政治 - 毎日新聞

小泉さんも、いつもの調子でブッシュさんの前で、「訴追? それ何? 人道支援、人道支援ですよ」と、はっきり言えないのでしょうかね。

白骨温泉は入浴剤?

Yahoo!ニュース - 社会 - 読売新聞社

私は、あの露天風呂に二度も行ったのですが、
こういう場合は入浴料金は返してもらえないのでしょうかね。

せめて白くなる入浴剤でも配布するとかというサービスは、
いかがなものでしょうね。

YAMAHAのUW500

 だいぶ以前にYAMAHAのオーディオ・インターフェースのUW500というのが不調だという記事を書きました。そのときは原因がわからないまま修理に出すようにと言われて、修理に出したということを報告しました。ところがあがってきたものが依然として音が出ないというトラブルを抱えていました。要するに何も修理されていなかったのです。
 その後、何度も確認してもわからないので再度ヤマハのサポートセンター「CBXインフォーメーションセンター」(これが浜松なんですよね)に連絡して、出張修理を依頼しました。前回の時は、出張修理はしていないというのでやむを得ず修理に出したのですが、今回は東京にある「首都圏サービスセンター」から出張してもらいました。機械に故障があるのではなくて、私の設定の仕方に何か問題があるので、現場を見てくれるように頼んだのです。
 ところがサービスマンが点検しても、結局、原因は不明でした。ただわかったことは、「ASIOドライバー」を入れると、症状が出るということでした。そこで結局、社に帰って設計の係りとも連絡して返事をするということになりました。これが9日の金曜日でした。
 今週の13日になって「CBXインフォーメーションセンター」から電話があり解決しました。原因は「ASIOドライバー」の設定の中の一つのスイッチを、offにしてあったものをonにすることだけでした。すなわち外部音響機器からの入力をonにするというだけのことでした。私が予想したように、私の設定にミスがあったのです。
 それにしても、サポートセンターの係りの方も、修理に出したものを修理をしてくれた技術者も、そして出張してきてくれたサービスマンも、いずれも気がつかなかったという、きわめて単純ミスでありました。しかもこの点については、なんと「取り扱い説明書」にちゃんと書いてありました。音響のインターフェースとか、ASIOとかというものが、いかに複雑であるかということも、再度、確認させられたことです。
 一時は不信感に陥って、「ヤマハのものは二度と買うものか」などと思ってしまいましたが、何回もの電話の応答にも、本当に丁寧に応じてくださり、原因は「取説」をちゃんと読まなかったこちらに責任があるにもかかわらず、丁寧に説明して解決してくださったYAMAHAさんに、ほんと感謝しています。

2004.07.08

もう一組の合併?

@nifty:NEWS@nifty:1リーグ制現実味「もう1組の合併パで進行中」(読売新聞)

なんか偉い人たちの間で決まったシナリオでことが進んでいるように見えるが、いっそのこと巨人と西武が合併して、他の球団全部で「西武ジャイアンツ」を叩き潰すという年間スケジュールを作ったらどお?
NHKもプロ野球解説者に、何よりも巨人が嫌いという人を雇ったら、受けるかもね。


2004.07.01

テレビ番組の無意味さ

 2004年7月1日 毎日新聞
 今日の夕刊には、おもしろい囲み記事がいくつかあった。その中でもちょっと気になった記事が次のもの。タイトルは「誰がために地上波あり」。一部省略……

「あ、ルマンの放送がない!」と気付いたのは、伝統の自動車レース「ルマン24時間」スタート当日であった。毎年放送していたテレビ朝日系列が降りたのだ。……「地上波がつまらん」と文句を言ったところ、「何の痛痒も感じません。地上波は普通の人用。テレビ視聴に目的や意味を求めるあなたはヘン」と地上波テレビ局員にからかわれたのは4年前。「見流しでいいんですよ、地上波は」。それが地上波が想定する「普通の人」のための制作意図のようである。それがちゃんと引き継がれていることを「ルマン消滅」が象徴したってこと。テレビ曲が考える「普選の人」は、地上波テレビに対して目的や意味を持たない、持たなくていい、できれば持ってほしくない、ということ?  意味を持たれないことをやり続けることに矛盾を感じないテレビマンの″強じんな意志″には頭が下がるばかり。       (怒るマン)

 テレビの地上波の内容のなさは、目を覆うばかりである。NHKも言うに及ばずである。NHKは視聴者から料金を取って放送しているにもかかわらずである。地上波に見るべき物があるとすれば、唯一コマーシャルフィルムかもしれない。しかしこれもまた、最近はあまり見るべきものがないような気がするのだが。
 こんなことはいま始まったことじゃないのではある。地上波が「見流しに」徹底しているとすれば、そこで消費される金円は一体何なのだろうか。ただで出来上がっているわけじゃないし、ずいぶんとお金がかかっていることは事実である。そういう製作会社が経済的に行き詰って倒産したという話も聞く。そうして消えていった金は一体なんだったのだろう。それにかかわった生身の人間はいたはずである。あるいはそういう無駄とも見えるものでも、経済の活性化にはつながっているのだと、小泉流に言ってもみたくなるのではあるが。
 そんなお堅いことは言わずに、ただ見ていればいいのだと言われるかも知れない。しかしこのコラムの著者が最後に言うように、「意味を持たれないこをとやり続ける」ことに、かれらはもはや、何にも感じなくなっているのかも知れない。そしてこれは日本国中すべての人がそうなっているのかも知れない。

美ヶ原高原美術館へのドライブ

 28日、月曜日の夕方の関越、信越道とも、交通量は少なく、快適なドライブでした。ただ雲が低かったので、高い山々は雲に覆われていて、見ることができませんでした。おまけに地表一帯まで霧がかかったようで、見通しも良くありませんでした。信越道の難所である軽井沢インター前後の登坂路も、霧もありませんでしたので、快適に上ることができました。この梅雨時のこの登坂路は霧で有名で、大変苦労するところです。
 29日、火曜日は天気も良かったので、じっとしている場合じゃないと思って、美ヶ原高原美術館へ行きました。私のセカンド・ハウスのところからは、県道62号線を5キロほど上ったところに、村が運営する観光センターというものがあります。そこから美ヶ原美術館への登坂路があります。この道は昔からあるものではないかと記憶しています。
 今では全線二車線の舗装道路に立派になっていますが、30年近く前に初めてこの道を、当時の軽自動車で登ったときにはひどい道でした。軽自動車ではじめてのこの難路を登るほうも、よくも大胆に登ったものだと、自分でも感心しています。その当時、最大の難所は、山腹から流れ出す大量の水の処理もできていなかったので、一部は川のようになってしまうという場所です。あのときにはこの狭い川床のような道を、おっかなびっくり登ったことを記憶しています。
 この観光センターのところから上り始めて少し行くと、ヘアピンカーブで、もとの方向、東向きに山腹を登るようになります。ここからは下の村が一望に見渡すことができます。まもなく三つのヘアピンカーブを抜けると、再び西に向かって山腹を縫うように登っていきます。この途中に前記の難所があります。しかし最近の再三の改良工事によって、このあたりは擁壁も立派になり、水処理も完璧になって、何の不安もなく上ることができます。たまに上から猛スピードで下ってくる命知らずのドライバーにびっくりさせられるくらいです。
 この難所を通り過ぎて、1763.2メーターという三角点のある山の山頂近くをぐるりと回ると、白樺の木がたくさんある鞍部に出ます。ここは実に美しい場所です。5月ころ行きますと、白樺林の中にたくさんのつつじが咲いていて見事です。この美しさにはドライバーたちはみな、ほとんど車を止めて、しばしこの美しさをカメラに捕らえようとします。そこはたぶん「白樺平」と呼ばれているところと思います。そこからすぐにかなり開けた場所に出ます。前記の軽自動車で行ったときには、ここまでしか行けませんでした。かつてはここから上の「牛伏山」スキー場に上るリフトがあったようです。今ではこのリフト乗り場は、すっかり朽ち果てています。
 ここから美ヶ原美術館までは、あと一息の登りです。四つの連続するヘアピンカーブを抜けて、高原美術館の下の山腹をゆっくりと登ると、美術館から出てくる道と、直進して山本小屋駐車場に至る道との出会いの四つ角になります。これを右に急カーブして上っていくと美ヶ原美術館です。今回新しく目を引いたのは、この駐車場に二基の風力発電の大風車が設置されたことです。

 この美術館前の四つ角を直進して、美術館の野外展示場に沿って右にカーブして登っていくと、右「牛伏山」左「物見石山」の鞍部に出ます。そこを下ったところが丁字路で、右に行くと山本小屋の駐車場です。昔から有名なこの美ヶ原の山本小屋まで、このようにして自分の車であっという間に登ってしまえるようになったのには、いつもほんとうにびっくりします。私は実際には来たことがなかったのですが、登山ガイドなどでよく読んでいましたので、この山本小屋まで来るのに、タップリと一日の行程が必要だったのを覚えています。しかしそのようにしてたどり着いた、この高原の美しさは、格別だったと思うのです。
 今回はこの駐車場には立ち寄らずに、すぐに和田峠への道を下りました。この道は実は和田村から野々入川という沢を登ってくる道です。この最後の急斜面を登るこの道は、よくもこんなところに道を作ったものだというような感じの急登坂路です。約1950メーターから一気に400メーターほど下ります。その最奥はヘアピンカーブの連続で、二箇所ほどは空中に突き出るようにカーブを描いています。急坂と急カーブの連続で、都会でしか運転したことのない人は、山道をしばらく練習してからでないと、お勧めできないコースです。
 下りも、まるで谷底に落ち込んでいくかのような感じです。なにしろ先が見えないので、空中に飛び出すのではないかと思うようです。しかし上りも下りも、秋の紅葉シーズンは絶対にお勧めのコースです。崖の中腹にたくさんあるもみじや、そのほかの紅葉樹の美しさは、絶対にほかでは見られないものです。ギアーを二速に入れて、慎重にブレーキを操りながら、ゆっくりと感触を楽しみながら下るのは、都会に生活する者のストレスなど、一瞬にして吹き飛ばしてくれるような快感です。私のわずかな経験では、ほかにはこのような急登坂路はないのではないかと思います。

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