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2004.10.22

イスラエルの歴史を読んでみよう 2

 10章は、レハブアムがシェケムというところに行って、王位継承の宣言をしたと書き出されています。レハブアムはソロモンの息子で、王位継承の第一権利を持っている人物ですから、この人物が次の王さまになることは、なにも不思議はありません。問題はシェケムという町で王位継承の宣言がなされたということです。シェケムというところは昔から東西南北に通じる道があって、交通の要衝の町です。しかもこの町はマナセ部族の領地内にありますが、エフライム部族の北の境界線からも近く、イスラエルの北の十部族の中心地でもありました。当時の王宮も神殿もエルサレムにあったのですから、王位継承の儀式は当然エルサレムでなされるべきものと思われますが、なぜシェケムなのでしょうね。

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2004.10.15

自分が信じるものにいのちをかけること

 イスラエルの人々の精神的支柱に、今も旧約聖書があることは事実なのだろうと思う。しかしそれがどこまで生きているのかは疑問。
 現代社会のいわゆる先進国と言われる国々では、宗教が人々に与える影響というものは、どの程度のものなのだろう。イスラム教徒の国々では、日に五回ですか、メッカに向かって祈りをささげるという習慣はきちんと行なわれている。あるいはそのように見えるし、そのように宣伝されている。
 しかし人々の心をどれだけ捉えているものなのだろうか。

 キリスト教の国ではその辺のことはもっとひどい状態なのではないかと思う。「葬式仏教」などと悪口を言ってはいるけれども、キリスト教の教会もそれに近くなっているのではないだろうか。すなわち天国にしか希望がないとか、死後のために心ぞなえをするとか、肉親の死に対して、何らかの回答を得たいというような、そういうニーズにしか答えられなくなっているのではないかと恐れる。もしそうだとしたら、それは由々しき問題なのではないかと思う。

 宗教が、その人の生き方の土台になっているということは、すでに過去のことになっているのだろうか。宗教よりも戦力、あるいは戦略が優先している。これはなにも戦争という場面だけでなく、企業間の戦争の場でも使われる言葉である。ラブ・シャケの精神錯乱作戦ではこのとおりのことが言われている(旧約聖書・イザヤ書36:5)。口先だけの言葉が、戦略だとか、戦力だと思っているかもしれないが、俺たちの実際の戦力を見てみろ、お前たちの城壁などはひとたまりもないよといっているのではないか。
 同じことは現代も言えるのではないか。何が戦略なのか、何が戦力なのか。人々はこの問いに日々直面させられているのではないか。そのような場面で、ヒゼキヤ王のように、まさに神のみことばにいのちをかけるという生き方は、異常に見えるだろうか。
 しかし神のことばには、やはり問題解決の糸口が必ずあると私は信じる。それは牧師だからそう言えると一般人は言うかもしれない。ダイエーとUFJとの戦いはまさに熾烈であったが、そこで神のことばはどのように働いたのか。その戦いの現場にキリスト者がいたかどうかはわからないが、いたとすれば、神のみことばの、どのことばがその人の精神的支えとなったかを知りたいと思う。どのことばによって、どういう決断をしたか、こういうことを考えてみたいと思う。
 聖書のことばは、そういうものだと私は信じる。
 何が平和なのか。何がこの現代史に確かな足跡を残すものなのかを見極めたいと思う。

2004.10.14

聖書のお話再開

 最近、忙しいのと、あまり体調がよろしくないのとで、さっぱり徘徊もしていません。更新もおろそかになっていますが、なんとかいのちのある限りがんばりましょう。
 ところでこのブログをはじめるときに、「70歳以上のブロガーを求む」とやったのですが、いろいろと応答があって感謝でした。でも実際に70歳以上でブログをやっている方は、本当にまれなようですね。あのころは「70歳フォーラム」などというものを作ってみようかとも思ったのですが、どうなんでしょうね。
 でも定年になってからパソコンを始めて、なんとなく日を過ごしているうちに70歳になってしまったという方は、これから年々増えてくるのではないでしょうかね。

 ということで・・・本業に帰って、聖書のお話を再開しました。「イエス・キリストの復活物語」は、好評のうちに!(^^)!おわりましたので、こんどは旧約聖書です。旧約聖書の面白さを少しでもわかってもらえたら感謝です。そして欲を言えば、今のイスラエルはなんであんなにかたくななのかという疑問も、見つけられれればいいかとも思いますが・・・。

イスラエルの歴史を読んでみよう 1

 旧約聖書には、イスラエルの歴史を記録した二つの書物があります。ひとつは『列王記』と言い、もうひとつは『歴代誌』と言います。この二つはイスラエル王国の歴史を記していますが、『列王記』のほうはイスラエルとユダの二つの王国の記録をしているのに対して、『歴代誌』の方はユダ王国の歴史を記しています。もともとひとつのイスラエルという民族だったのですが、ソロモン王さまの死後、この民族は北の十部族と、南の二部族とに分裂してしまいます。そして北王国をイスラエル王国と呼び、南王国をユダ王国と呼ぶのが普通です。
 もうひとつの特徴は、『列王記』のほうは二つの王国の歴史を、一応出来事のありのままの記録をしているのに対して、『歴代誌』のほうには、ひとつの歴史観があって、その歴史観によって書かれているということです。その歴史観というのは、ユダ王国こそが、神の民イスラエルの正当な王国なのだというものです。
 この二つの書物を読み比べると、非常に興味深いことがたくさん出てきます。ここでは『歴代誌』のほうを読んで行きたいと思っているのですが、このあやしげな歴史観に惑わされないように、読んで行きたいと思っています。「あやしげな」などと書きましたが、別に悪意があるわけではありません。気楽に読んで行きたいと思います。

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2004.10.08

ガザでの戦闘続く

イスラエル軍は、今度はガザ地区北部で、パレスチナ過激派の掃討作戦を行っている。かなり激しい攻撃を加えているらしい。その戦闘は南部にも広がっている。
国連安保理はイスラエルのこの攻撃をやめるようにという要求の決議案を提出したが、例によってアメリカの拒否権行使によって否決された。
結局国連は、今回も見て見ぬふりをすることになった。

日本の国連常任理事国入り

小泉首相は今回の米国訪問で、日本の国連常任理事国入りを表明した。しかし日本は常任理事国のメンバーになっても何もできないのではないかと、私は心配する。何かするとすれば、アメリカが議場で拒否権を行使するのに、ただ賛成するだけなのではないかと思う。同盟国なのですからね。
常任理事国の一員ともなれば、しっかりとした発言をすることが必要なことなのではないか。そうでないのなら、ただ世界中に恥をさらすようなものではないか。アメリカがいちいち拒否権を発動して、顰蹙をかっているのよりも、もっと悪い印象しか与えないのではないか。

2004.10.06

ずいぶんご無沙汰でした

ずいぶん長い間、ご無沙汰してしまったようですね。
その間にオリンピックは終わり、イチローは新記録を作り、内閣は改造され、浅間山が噴火しと、いろいろな出来事が毎日過ぎていきますね。
プロ野球はなんとか二リーグ制でいくことになって、一安心ですが、加盟を申請しているところが二つあって、これがどうなるのかが、これから心配なところですね。
それにしてもイチローの記録はびっくりさせられますね。確かに彼のプレーを見るだけで何万円出してもいいという感じがありますよね。彼の出現によって野球の方法そのものが新しく考え直されといるのではないですか。ぼてぼてのピッチャーごろでも、内野安打にしてしまう選手なんでいままでいなかったのではないかと思います。それにしても奥様の日常の配慮も見逃せないのではないですが。
小泉内閣は改造されましたが、あんまり人気がないようですね。

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