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2004.12.24

クリスマス

みなさまクリスマスのお祝いを申し上げます。

世界中を見ると、クリスマスだからといって浮かれている場合ではないことは明らかですね。
でもクリスマスというのは、全世界の救い主の誕生をお祝いし喜ぶ日ですよ。
日本じゃ「クリスマス大売出し」とかなんとかと言って、商売繁盛の神さまかなんかのように思われているようですが、世界のまことの平和の神さまのことですよ。

天には、神さまに栄光があるように。
地には、神さまの御心にかなう人たちに、永遠の平和があるように。

これが聖書の語るメッセージですよ。
新しい年こそ、世界が本当の平和について考える年であるように願います。

2004.12.21

イスラエルの歴史を読んでみよう 3

 王国の分裂
 「われこそはソロモン王家の王であるぞ」と、レハブアムはその権力を見せびらかしたものの、北方部族にとっては、もはや王さまとしては受け入れることができませんでした。彼らは、ユダ部族とはもはや一緒にはやって行けないとばかり、自分たちはヤロブアムを王さまとして立てて、レハブアムに対して反旗を翻しました。
 これに対してレハブアムは、直ちに役務長官ハドラムを遣わして、北方部族からの労務者の獲得を図ろうとしたらしい。しかしもはや聞く耳を持たなかった北方部族の人々は、たちまちハドラム役務長官を捕らえて石打ちの刑にしてしまいました。
 それを見ていたレハブアム王さまは、これは一筋縄ではいかないわいとばかり、いのちからがら戦車を、がらがらと駆りたててエルサレムに逃げ帰ってきました。そこで次の作戦を考えようというわけです。レハブアムという王さまは宮廷で王子さまとして育てられたのでしょう。状況判断を誤ったのですね。

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新宿の街

 昨日、しばらくぶりで新宿に行ってきました。しばらくぶりといっても、南口や都庁方面などにはしばしば出かけていたのですが、新宿駅の東口や紀伊国屋書店などに足を向けたのはしばらくぶりでした。
 この東口の商店街というものは、しばしば商店が入れ替わるのですが、今回行ってみてびっくりしたのは、携帯電話の店と、DVDの店ばかりになっているという感じだったのです。私は東口に行くといつも紀伊国屋の書店をみてまわり、それから紀伊国屋のアド・ホックという文房具店を見て、それからふたたび紀伊国屋ビルに戻って、一階か地下のフロアにある店をのぞくというのが、普通のコースでした。
 ところが今回、アド・ホックに行ってみてびっくりしたのですが、なんとこの一階と二階の売り場全部がDVDの売り場になっていました。入り口に座っている警備のおじさんに聞くと、文房具売り場は去年の8月に閉店になったとのことでした。去年の8月などと一年間もアド・ホックに行かなかったかなぁと、私は考えてしまいました。

 そういえばいまどきは、かつてのいわゆる文房具というものもすっかり様変わりしてしまって、文房具の専門店というものはなくなりつつあるようですね。すべてが携帯電話とコンピュータで処理されてしまうので、文房具の出番がなくなっているのでしょうね。日常の仕事の中でも、いかにすばやくメモをとるかとか、そのメモをどう生かして金儲けにつなげるかとか、たくさんの書類などをどう整理するかという関係のノウハウものの本は売れているようです。でもかつての文房具の中心的存在であった万年筆とか、原稿用紙とか、ノート、便箋などは、ほとんど姿を消してしまったようです。「便箋」などということばさえ、なくなりそうな勢いです。
 それにしてもDVDの人気はすさまじいですね。私はビデオテープを買おうと思って量販店を探したのですが、少し前までは山積みになっていた、ビデオテープは店の片隅に追いやられつつあります。お店によってはまったく見つけられないところもありました。家電製品の売り場を占めているのはDVDデッキとDVDメディアばかりという有様だったのです。

2004.12.10

新曲発表

しばらくぶりに新しい曲を発表します。 というものです。すなわち「わが目は涙にあふれている」というような意味です。旧約聖書の預言書・エレミヤ書の9章1節の言葉です。
エレミヤという預言者は、自分の国の滅亡を預言し、自分自身も国の滅亡の悲劇を体験した人です。彼の預言の中には、彼自身の嘆きの言葉が数多く記録されています。そこから「嘆きの預言者」とか「涙の預言者」と呼ばれています。
私自身も日本の国の滅亡の体験があり、それは今でも私の中にトラウマのように残っています。
ですから今、日本の国がかつての滅びの道に進んで行きつつあるような感じがして、涙するのです。

ちゃんと楽譜を書いておいて演奏すればいいのですが、私は楽譜どおり演奏することが出来ないのです。したがってこの曲は全部が即興演奏です。楽器はいつもの"KARMA"です。演奏しながら楽器に内蔵しているシーケンサーで録音したのですが、サスティンペダルの操作が、どういうわけか録音できなかったので、あとからペダルを操作しています。ですので途中でおかしなことになっています。お恥ずかしいものです。でも即興演奏なので、二度と同じものが出来ないので、公開するしだいです。

2004.12.09

靖国神社

 靖国神社に小泉総理が参拝するということで、中国が再びクレームをつけている。小泉総理は靖国神社に参拝する理由を、二度と戦争を起こさないという決意を表明するためという言葉で説明する。しかし中国では、A級戦犯も祭られている神社になぜ参拝するのかと、疑問を提出している。
 
 靖国神社の問題は、必ずしもA級戦犯が祭られているところに、国の首相が参拝するということだけのことではないのではないか。そもそも靖国神社というのは、国のために戦って戦死した人を祭る神社、あるいはそういう人々の魂を慰めるための神社であったと思う。靖国神社の前段階は、明治維新の時の戊辰戦争の戦死者を祭るというのがその設立の目的だったと思う。そしてそこに祭られている人々は「英霊」とか「軍神」とかという名前でへ呼ばれていたと思う。
 
 ということは戦争のために戦って戦死した人を祭るのであって、国のために犠牲になった人が対象なのである。そこには軍人とか、軍属という人に限って祭られるのであって、そのほかの一般大衆の魂は祭られない。自国の戦争のために心ならずも犠牲となって死んだ人々については、国は何も見向きもしないのである。

 飛躍して考えれば、国の軍隊というものは、国の一般市民を守るのではなくて、国の支配者、天皇のための軍隊なのである。天皇のために殉死した人が「英霊」としてそこに祭られるのである。戦前には天皇が、この神社に参拝をするという国家的大行事が行われた。たしかそれは「春季皇霊祭」と「秋季皇霊祭」というものがあったと記憶している。このときはNHKが特別のラジオ実況放送をした。それは皇室用語、神道用語によって見事につくにあげられた文章であり、それを読むアナウンサーの語調は、まるで今の北朝鮮のニュースのアナウンサーの語調のようであった。すなわち天皇のために戦死した人々であるから、天皇が参拝するというのが本来のあり方なのである。ですから遺族たちは、また過激なグループは、天皇の参拝を求めている。しかし今の時代にもし天皇が参拝したとすれば、これはおそらく全世界から非難を浴びるのではないか。でも戦後まもなくは天皇が参拝したことがあったと聞いている。これは定かではない。

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