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2005.03.09

東京大空襲から60年

 戦後60年ということで新聞やテレビは特集をやっています。特にこの3月10日は、東京の下町の大空襲があった日です。それまでの米軍機の来襲は、ほとんどは昼間でした。太平洋から富士山を目指して、それから中央線に沿って東京に侵入し、おもに東京郊外、立川とか三鷹あたりの軍事工場を爆撃するというものでした。夜間にはときどき数機の襲来はありましたが、大規模なものではありませんでした。
 ところがこの3月10日の夜は、それまで経験したことのないものでした。それはまさに戦争でした。私は杉並区に住んでいましたので、直接の被害はありませんでしたが、夜半から始まった空襲は明け方まで続いたように記憶しています。朝になっても、杉並からは東の空は黒煙に覆われるのが遠望でき、消防車のサイレンがなり続いていました。
 ラジオが何を報道していたかはまったく記憶していませんが、そのころ存在していた隣組という組織を通して、爆撃の被害に遭った人たちを受け入れるようにという伝達がありました。我が家でも食事やお風呂の準備などをしましたが、被災者を受け入れることはありませんでした。杉並まで逃げてくるなどという状況ではなかったのでしょうね。
 それからはほとんど毎晩のようにB29爆撃機の編隊による焼夷弾攻撃が続きました。

 今朝(05.03.09)の毎日新聞には次のように書かれていました。
 《米軍報道によると、投下された焼夷弾は約1700トン、焼失面積は41平方キロメートル。東京大空襲を「単一の爆撃行によってこれほど大きな損害を与えたものはない。素晴らしい成果を収めた」と総括した》。日本軍も中国や朝鮮半島や東南アジア諸国に出かけて行っては、同じような「素晴らしい成果」を収めたのですよね。私は直接の被害を受けたわけではありませんが、あの不気味な記憶を決して忘れないのです。それを「素晴らしい成果」と総括されることには、なんともいえない怒りと不気味さとを覚えるのです。戦争とはいったいなんでしょうね。
 しかもこのときのアメリカの司令官カーチス・ルメイ少将は、《後には元帥となり、64年には「航空自衛隊の育成に協力した」などとして日本政府から勲一等旭日大綬章を受けている》のだそうです。いったいこれは何でしょうね。
 私は日本という国は依然としてアメリカの占領下にあると思っていますが、この褒章はまさにそのことを象徴的に表わしていませんか。あの爆撃で殺された人たちの無念さは、どうするのでしょうね。

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