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2005.06.10

靖国神社の印象

 靖国神社というのは、今も依然として息づいている天皇教の総本山ですよね。

 私は第二次世界大戦の中で、天皇教による厳しい教育を受けたものの一人です。一般的には天皇教とは言わないで、天皇制と言います。でも毎朝、天皇が住んでいると言われる宮城(「キュウジョウ」と読む。いまは「皇居」と言うんですよね)に向かって強制的に礼拝をさせられたという記憶からは、天皇制という制度よりも天皇教といったほうが良いような印象でした。そのほか教育勅語を読むときには、校長先生が恭しく最敬礼をし、それを朗読するのを聴くときには緊張が強いられ、毎朝学校に行けば、天皇の写真と教育勅語を納めた小型の宮城のような形をしたものの前で、最敬礼を強制されたのです。これらから見ると、明らかにそれは宗教的なものであったことはたしかです。
 このような教育を受けた私は、戦後間もなく、それまで使っていた教科書に墨を塗って消すという作業をさせられたことを忘れません。それまでの教育が何か間違っていたということを、このことから私は感じ取っていました。日本を占領したアメリカ軍(実際は多国籍軍=連合軍ではあるが……)によって強制されたものだという意見もありますが、もし仮にそうだとしても、今そのアメリカという国に対して、子犬のように尻尾を振っている小泉さんという人は、このコンテキストの中では、何なんでしょうね。
 1943年。私たち小学6年生は、そのころは国民学校と言ったのではありますが、修学旅行にでかけました。それはなんと宮城、靖国神社、明治神宮を参拝するというものでした。杉並区にあった私たちの国民学校6年生は、徒歩で――歩いてですよ、宮城まで行き、そこで礼拝し、それから靖国神社に参拝し、それから明治神宮まで歩きました。途中雨に降られたりして、さんざんな行軍でした(このようにみんながそろって歩くことを「行軍」と言ったのです)。当時は団体で電車に乗ることはできなかったので、明治神宮で、五六人の組に分かれて、時間を空けて原宿の駅まで行って、電車で帰ってきました。これが「思い出の」修学旅行でした。
 当時の教育はなんでもかんでも天皇の良き臣民を作るというのが、その目的でした。ですから男子は戦争に行って敵と戦って、「天皇陛下万歳」と叫んで戦死し、靖国神社に祭られるが最高の生き方なのだと教えられたものです。宿題を忘れても、勉強が出来なくても、「それでもお前は天皇の臣民か」「ばか者」「非国民」と怒鳴られて教育されたものです。戦後になってそれが全部間違っていましたと言われても、今でも私の心の奥深くに残っている傷はいやされていないのです。

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