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2005.09.27

牧師という職業

 キリスト教会の牧師という職業は、日本ではあまり認められていないようです。いま国勢調査が行われていますが、このような調査に記入するとき、私はしばしば迷うのです。たとえば、国勢調査では職業欄には適当に記入すればいいのですが、一般的に職業欄に記入するとき、すでに職種が指定されている場合に、私のような職業に該当するものが見当たらないことがしばしばなのです。たとえば「宗教家」というような項目があれば、それに該当するのですが、このような項目が書かれているものは見当たりません。そこで「自由業」という項目に○をつけることがあります。自由業というのは、自営業すなわち小売店の経営などと似ているけれども、すこし違うという職業らしい。弁護士とか、司法書士とか、医師とか、自分単独でその仕事をしている人のことを言うらしい。
 キリスト教会の牧師でもいろいろなスタイルがあるが、私の場合には、自由業とも少し違っている。というのは自分の意志で教会を経営しているのではなく、教会に牧師として招かれているというスタイルなのです。これは難しい用語で言えば「招聘」されているというもの。そしていわば、教会と牧師とは、労働契約を結ぶことになります。私の教会では、いままでは何も契約書を取り交わしたことはないのです。そして牧師は教会から給料を受けるのです。この給料を受けているという面からだけ見れば、これは普通のサラリーマンとそのスタイルは似ています。したがって自由業とも、ずいぶん違うスタイルを持っています。
 キリスト教会によっては、二年とか三年とか、あるいはもっと長く労働契約を結んでいて、契約が終わるたびに、引き続き契約するかどうかを、教会と牧師との両者で再確認する教会もあります。私の勤務している――この「勤務」もことば上は意味が通りますが、感覚的には単なる勤務ではないという感じがします――教会では、労働契約などは何も取り交わすことがなかったので、35年間も牧師としての職業を続けてくることが出来たとも言えます。
 いよいよ高齢となって、体力的にも続けられないし、教会としても高齢の牧師よりも、若い牧師のほうが、何かと有利というので、私は退職することにしました。ところが退職するといっても、規則上は退職規定は何もないので、牧師から辞職願いを出してもらわなければ、議題として取り上げられないと役員会は言いました。そこで辞職願いを書いて、宗教法人の責任役員会に提出しましたが、責任役員会がそれを承認するまでに数年かかってしまいました。
 キリスト教会というところはきわめて保守的で、変化を好まないという体質があるので、牧師が交代するということには慎重にならざるを得ないのです。牧師の退任の手続きは、責任役員会の決定を経て、教会総会で承認するということになっています。今年の二月に行われた定例の教会総会で、牧師から出された辞職願いがようやく総会で承認するということになりました。というわけで私はいまの教会で牧師として働くのは、来年2006年3月までということになっています。

 牧師をやめたら、このBlogのタイトルやプロフィルなどを変えなければなりませんねぇ。

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