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2005.12.23

クリスマスのことば

「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように」(ルカの福音書2章14節・新改訳聖書)

 このことばはイエス・キリストの誕生のときに、羊飼いたちに語られた天からの啓示です。
 イエス・キリストはおよそ2千年まえに、いまのパレスチナ人の土地にあるベツレヘムという町で生まれたと、聖書は証言しています。そのときベツレヘムの町の近くで夜、羊の番をしている羊飼いたちに、突然に天使が現れます。そして神さまの光が周りを照らしたと言われています。この神さまの光が夜空いっぱいに輝いたのか、それとも天使のところだけが、ぼおっと明るくなったのか、どちらなのかははっきりしません。でも普通、イエス・キリストを信じる人たちは、夜空いっぱいに、平和の神さまの光が輝いたのではないかと考えます。
 そしてその光の中から、天使の歌声が聞こえます。そのことばが上にあげたものです。このことばの中心は「地の上に平和があるように」というところだと思います。昔からアラブ人とユダヤ人という対立があって、争いが繰り返されてきた所に、平和を実現するという大きな使命を持ってイエス・キリストは天から遣わされて来ました。

 人間の歴史の中で、常に人々は平和を願ってきました。ところが平和を願う結果、争いとなり戦争となってしまいます。小泉首相も靖国神社で平和の祈願をするのだと言いながら、米国の尻馬に乗っかって、アジアで軍事緊張を高める政策を取っています。ほんとうの平和というものは、軍事力の強化によってもたらされるものではなく、軍事力を放棄することによって実現するのではないでしょうか。
 この年も世界中に国際的な緊張感が高まるという歴史を刻みました。このような流れの中で、聖書が語り続けてきた「クリスマスのことば」に、真剣に耳を傾けたいと思います。

2005.12.22

日本海側大雪

「西高東低」という気圧配置があります。

私の友人で東京で育った人が、北海道に転居して向こうで生活するようになって、びっくりしたことがあると話していました。東京で「西高東低」の気圧配置というと、真っ青に晴れ上がった、乾燥した天気を言います。ところが北海道では「西高東低」の気圧配置と言うと、ものすごい雪と吹雪の天候になるというのです。おなじことばでも場所によってこんなに違うものかと、その友達はあきれていました。

今日も東京は晴れでした。でも日本海側では大変なことになっているのですね。クリスマスだというのに難儀している教会もあることでしょう。私は時々、毎日毎日「西高東低」の天気が続くと、ちょっともういいかげんにしてという気持ちになることがあります。日本海側の方々のことを考えると、勝手な気持ちなのでしょうね。

2005.12.14

はやクリスマスの季節に

 しばらく怠けているうちに、はや12月も半ばになってしまった。

 この時期にいつも不思議に思うことがある。日本中がクリスマスの「お祭り」一色になってしまうことである。おそらく外国から突然やってきた人たちは、日本にはこんなにたくさんのクリスチャンがいるのかと思うことだろう。でも町の中でキリスト教会の建物を探しても、ほとんど見つからないという現実にぶつかって、大きく戸惑うことだろう。

 実に不思議な現象だと思う。日本人は宗教に対する意識はまったくなくて、ただ「お祭り」であれば、どんなものでもいいということなのだろう。これはキリスト教会にもなにか責任があるのだろうか。

耐震強度偽装とイラク戦争

 一級建築士による耐震強度偽装事件は、かつての考古学の発掘捏造と何か共通したものがある。同時にイラク戦争発端の疑惑も、これらと共通するものがあるように感じられる。

 一級建築士の耐震強度計算偽装問題は大きな社会問題へと発展した。今日は本人はじめ関係者の国会での証人喚問が行われている。建築工事というものは、設計士が設計し、建築確認という作業が行われる。この建築確認は元来はそれぞれの地方自治体が行うのであったが、最近は民間の業者に委託されているらしい。大きなビルになればなるほど、その構造計算というものは膨大な計算になるので、チェック機関が偽装を見抜けなかったものと思う。今になって、改めて構造計算をして偽装が次々と明らかなっているが、最初のチェックのときにはおそらくチェック体制そのものがずさんであり、厳密な計算をしていなかったものと思われる。事件発覚のはじめのころに、自分たちは不正がなされているという前提でチェックをしていないので、見抜けなかったと発言していたし、単価切り下げの圧力をかけたといわれる施工業者も、不正を行ってまで単価の切り下げを要求したつもりはないと説明している。それは当然のことであろう。ある民間の検査機関の社長さんが「われわれは人間の性善説に基づいてやっているので、こんなとんでもない不正が行われているのは見抜けなかった」と弁明していた。
 建築確認が済むと建設業者に渡されて建設が始まる。マンションなどの建設にはさまざまな業者が分担して建設を行うことになる。その全体を監督する工務店などが、この偽装設計の問題にまったく気がつかなかったのだろうか。たとえば鉄筋工などはほかのビルの建設も数多く経験しているのだから、このビルは鉄筋の数が少ないとか、気がつきそうなものだと思う。しかしそういう職人たちは設計図どおりに施工するのが責任であるので、おかしいとまでは考えなかったのかもしれない。全体の建設の途中に何回も検査が行われるのが普通だが、ここでもまた設計図どおりということがチェックされるだけで、結局は設計図そのものの問題点は見抜けなかったものと思われる。
 少し前に公認会計士が大企業の会計検査を不正に行なって、粉飾決算を見抜けないように工作したという事件もあった。公認会計士も一級建築士も国が認める資格であり、それは社会構造的に不正が行なわれることを事前にチェックするという機能を持っているはずではないか。そういう機関が不正を行なうというものは、当然社会的に大きな問題となり、その責任も重大となる。定められた法を守るということと、利益を上げるということとのハザマで、彼らは正しいか不正かというすれすれのところで格闘しているものと思われる。

 この事件を最初に知ったときに二つの事件を思い出していた。ひとつは考古学の発掘の捏造事件である。これもまた考古学という学会が、一人のアマチュアの発掘狂の捏造を見抜けなかったといういいかげんさが指摘された。これは考古学という学問全体に重大な不信感を植え付けることとなった。もうひとつはイラク戦争の発端となった大量破壊兵器の存在報告の疑惑である。これも情報操作が行なわれ、国際的な紛争解決の手段である国連機関などを完全に無視して実力を行使するという世界大の巨大な不正が行なわれた。耐震偽装の場合も、考古学の発掘捏造の場合も、当人が何らかの社会的制裁を受ける前に、自分の不正のゆえに打ちひしがれている様に見えた。ところがイラク戦争の場合には、いまのところは自分の不正のゆえに打ちひしがれている人の姿はまったく見えないのはどうしたわけか。

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