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2006.05.24

首相の靖国神社参拝の問題

 私が教会へ行くようになったのは1965年である。このとき私が行くようになった教会では、ひとつの募金活動が行なわれていた。それは韓国の提岩里教会の教会堂再建のための募金だった。私はこの募金活動に触れて初めて、かつての朝鮮半島における日本の支配の歴史を知った。

 日本帝国は朝鮮半島を支配して、朝鮮人を日本人化するために、皇民化教育、すなわち天皇の臣民とする教育を展開した。国語を奪って、日本語の教育を強制し、名前をも奪って日本的な名前に強制的に変更させた。このような政策に反抗する者に対しては、容赦なく激しい弾圧を行なった。
 その時代から朝鮮にはキリスト者が少なからず存在していた。特にこのキリスト者に対しては、日本から持ち込んだ神社参拝を強要し、天皇に向かっての礼拝を強要した。このような迫害に抵抗した人たちが、1919年3月1日に三・一独立運動を起こした。この運動の中心であった提岩里の村では、日本の憲兵隊が、村人のおもだった人々30人を、提岩里教会の会堂に集めて、その中に閉じ込め、石油をかけて教会ごと焼き殺した。この事件については岩波新書『宗教弾圧を語る』の中で、李仁夏氏の証言の中に言及されている。
 私が行った教会で行なわれていた募金活動は、同じキリスト者として、日本人が行なった虐殺事件を謝罪し、その謝罪のしるしとしての教会堂を建てるための募金だった。

 今、韓国から、あるいは中国から、小泉首相が靖国神社に参拝することに対して、非常に強いクレームが出されている。韓国人にとっては、激しい弾圧を伴って強制された神社参拝の傷が忘れられないのである。その歴史の事実は、韓国人にとっては決して消し去ることができない記録であると思う。それに対して日本の歴史教育では、朝鮮半島の支配と、それに伴って行なわれた激しい弾圧の事実は、ほとんど言及されないのではないか。私もキリスト者になって初めて、その歴史の事実を知った。そしてある人に招待されて韓国旅行をしたとき、自分から願って、韓国の独立記念館と提岩里教会を、自分の目で見てくることができた。
 日本人の歴史認識のいい加減さというものが、今の日韓関係のギクシャクした関係の根底にあることは、繰り返し言われていることである。首相が靖国神社を参拝するだけでなく、再び天皇が靖国神社を参拝することが待ち望まれているという日本の現実を見るとき、かつての歴史が繰り返されることが恐れられているのである。小泉首相は平和の祈念だとその理由を述べているが、外側から見れば、かつて猛威を振るった神社参拝強制と、なんら変わりはないと見えるのは当然ではないか。

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Comments

jinkan mizuho様。コメントありがとうございました。
しばらく書き込みもしていなかったので、お返事が遅れてすみません。阿部首相になって、ますます右傾化しそうな感じです。人間はいつの時代でも過去の歴史には学ばないものですね。

岩波新書『宗教弾圧を語る』は、書棚に埋もれたままになっておりました。戦前の宗教弾圧については、日本でのことのみ知っていただけで、朝鮮半島でのことは知りませんでした。蒙を啓いていただき感謝いたします。

事実に向き合って、歴史を省みることの大切さを感じる今日この頃です。

「日本だけが悪くない、中国だって韓国だって…」という意見は、わかりますが、それ理由に過去の出来事を忘れようとする方々には、本当にウンザリします。

kamui様。コメントありがとうございます。
まことにおっしゃることに同感であります。

史実とは真実かどうかは分からないのでは、と考えています。史実として残される時、必ず権威づけする権力が存在するからです。

しかし、過去において日本国が朝鮮半島において成した行為によって人生を破壊された多くの無辜の民がいたことは事実であります。

その単なる事実に対して申し訳なかった、と詫びる気持ちを持つことは悲観的歴史観とは全く異なる人としての感情だと思います。

国家は人の集まりである限り、どの国にも過ちや傲慢さがあるのは当然であります。だからこそ、悔い改めが必要であり、過ちを繰り返さないという誓いが必要なのでしょう。

中国、韓国にも過ちはある。しかし、そのことを糾弾しても、私たちの過去の過ちが許されるものではないのです。

musashi様。コメントありがとうございました。
キリスト教関係の出版社からはたくさんの関係資料が出版されていますが、岩波書店の『宗教弾圧を語る』は手軽に読める資料です。日本国内の宗教弾圧の証言もあります。

>日本帝国は朝鮮半島を支配して、朝鮮人を日本人化するために、皇民化教育、すなわち天皇の臣民とする教育を展開した。国語を奪って、日本語の教育を強制し、名前をも奪って日本的な名前に強制的に変更させた。
→宗教家として、何の根拠も無い偽りの史実を事実のように言われるのは、いかがなものかと思います。

>日本人の歴史認識のいい加減さというものが、今の日韓関係のギクシャクした関係の根底にあることは、繰り返し言われていることである。
→誰が言ってるのですか!?中国韓国こそ、自国の歴史を正しく認識すべきです。日本を必要以上に悪者にしないと自国の歴史が語れない、可哀想な国々ではありますが、その尻馬に乗って自国の歴史を汚すような発言は、おかしいと思います。

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