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2006.06.30

『日本の外交は国民に何を隠しているのか』

 『日本の外交は国民に何を隠しているのか』 集英社 2006年4月19日 

 この本を非常に興味深く読んだ。著者は河辺一郎で、この人は愛知大学教授で日本外交の専門である。題名もかなり過激的であるが、その内容もかなり過激的である。内容の一部を紹介すると、次のようである。

 第1章 国連分担金滞納国・日本
 第3章 常任理事国になって何をするのか
 第5章 国連を乗り越えて暴走し始めた日本

 なにか第二次世界大戦の直前のような日本の動きを感じる。日本が最近、右傾化を強くしていることはうすうす感じているが、現実の歴史の事実はこのようであったのかと考えさせられる内容であった。
 それにしてもこれだけ詳細に日本外交の問題を暴き出した書籍が、こうして出版されているということは、それだけ今の日本は平和であり自由であるとも言える。かつてならたちまち発禁となったのではないかと思わせられた。

 日本人という民族は、いつの時代でも日和見主義的な態度を持ってきたのであり、そこには主義主張の非論理性というものがいつでも存在していた。この非論理性というものが、日本の歴史において、日本という国の進路を誤らせたのではないかと思う。
 そのような歴史認識、あるいは歴史の批判的検証もなされないまま、再び同じ道を歩みつつあるという危惧を、あらためて感じさせられたものである。この本が読者に突きつけている多くの記録によって、そのことは明らかであると思う。そういう意味で非常に興味深かった。

2006.06.27

副鼻腔炎の話 その2

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 これは「はな」は「はな」でも別の「はな」です。

 4月からこちらに住むようになった。その引越し作業の疲労のために、症状が極度に悪くなってしまった。鼻が詰まってしまって、呼吸ができないようになってしまう。不思議なもので呼吸ができないと食事もできなくなってしまう。食べ物を飲み込むときに、どういう仕組みになっているのかわからないが、口の中で空気の入れ替えのようなことをするらしい。ところが鼻が詰まっているものだから、この入れ替えがうまくできないらしくて、物を飲み込むことができなくなってしまう。
 こちらの病院に、内科にもかかっていたので、耳鼻科も受診することにした。しかしこの病院は耳鼻科は土曜日しか診察がない。それでしばらくがまんして、ようやく診察してもらった。
 ここの耳鼻科は、松本市にある信州大学病院の出張所のようなものだ。私が診察を受けた日は信大病院の耳鼻科教授が、若い新任の医師を連れてきていた。はじめその若い医師が診察してくれたが、私が「鼻が詰まる」と症状を説明すると、脇で若い医師の診察のやり方を見ていた教授が、「ポリープがあるんじゃないか。写真を撮ってごらん」と指示を与えていた。でもその若い医師はうまく対応できないでまごまごしていると、教授自ら小さなカメラを操作して、写真を撮った。
 カメラは鼻の穴に入る程度の、太さ5ミリくらいの金属の棒の先端についているもの。いわゆる内視鏡の類。写真を撮ってすぐに画像にしたものを見せてくれて、「鼻の穴がポリープで一杯に詰まっている。これは手術する以外に治療方法はない。手術をすれば劇的に良くなるよ」と言った。それでも一週間、考える余裕をもらって、その日は帰ってきた。
 私はもう高齢だし、あとそんなに長く生きるわけでもないので、手術などにお金をかけるのはもったいないと思って手術にはあまり積極的ではなかった。でもその教授が「手術をすれば劇的に良くなるよ」と言ったことばに押されるようにして、手術をしてもらうことに決心した。後そんなに長く生きるのでないとしても、余命を快適に過ごせれば、それに越したことはないと思ったのだ。しかしこの鼻茸というものは厄介な病気で、切除しても再びできてくることがあるということなので、ちょっと不安もある。でも徹底して切除してもらえば、死ぬまでには再起してこないかもしれないとも計算したわけである。

2006.06.23

美ヶ原

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 松本の信大病院に検査のため行った帰りに、扉峠から美ヶ原に立ち寄ってきました。この写真は美ヶ原の一番北に位置する「王が塔」です。この山頂にはテレビの中継塔がたくさん立っています。アンテナの形が変わっていました。地上デジタル用になったからでしょうか。この写真は「美しの塔」のところから撮ったものです。

 山本小屋の駐車場に車を置いて、この「美しの塔」のところまではゆっくり歩いて10分くらいです。すばらしい高原の空気を吸いながら歩くのは、実にすばらしいものです。何度来てもほんとうに感動します。

 このほかの写真はアルバムに載せましたので、見てください。

2006.06.22

テポドンの恐怖

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我が家の庭はマーガレットの花盛りです。

北朝鮮がミサイルを発射しそうだと大騒ぎしているが、それでイラクから自衛隊を急遽撤収して、本土専守防衛に当たらせようというわけね。
ホントかしら?

2006.06.21

副鼻腔炎の話 その1

 副鼻腔炎の手術をすることにした。
 私はこの病気を長い間抱えてきた。どうにも我慢できなくなって医者にかかったのは、もう20年以上も前のことだと思う。そのときレントゲン写真を撮られて「副鼻腔炎」ですと診断された。それからその医者に通っていたが、思うように良くはならなかった。対症療法的に鼻の中を掃除してもらい「ネブライザー」をしてもらう程度の治療だった。
 再び我慢できないように症状が悪くなって、家の近くの別の耳鼻科に行ってみた。そこでも同じような治療しかしてもらえなかったが、その医師に「鼻茸」ができているので、これを切除したほうがいいと言われた。それで自分は手術をしたくないので別の医師を紹介すると言われた。その医師は耳鼻科と、内科と外科など、いわゆる町医者らしく、いろいろな病気に対応してくれる医師だった。
 その医師は「自分は血を見るのがきらいなのだ」と言って、他の耳鼻科を紹介してくれた。外科も開業しているのに血を見るのが嫌いだなどというのは、ちょっと信じられないような感じだった。でも外科といっても、お年寄りの腰痛や肩こりなどの患者が多かった。

 それでこの医師に紹介してもらった耳鼻科クリニックに行って、片方の鼻茸を切除してもらった。そしてネブライザーによる治療だけでなく、薬も出してもらって、症状は非常によくなった。その後このクリニックに週に一度くらいのベースで通院していた。
 再び症状が悪くなったので、また切除してもらいたいと相談したが、その医師はあまりよい返事はしてくれなかった。「まだ大丈夫だよ」とかなんとか言って、手術には消極的だった。
 この4月に転居するので、「長い間お世話になりありがとうございました」と言ったら、「じゃぁ紹介状を書いてあげよう」と言って、まだどこの医者にかかるかもわからないのに、紹介状を書いてくれた。このクリニックにはずいぶん世話になった。

 この病気はなかなか厄介な病気らしい。通称「蓄膿症」と言う。私は子供ころから鼻が悪かったので、自分が頭が悪いのは、鼻が悪いからなのだと、一人で納得していたものである。鼻の中の粘膜が何らかの原因で炎症を起こすのが、その中心的な症状らしい。これが慢性化すると、炎症ではれた粘膜がポリープ状になって、鼻の中をふさいでしまう。これを「鼻茸」と言う。鼻の中にできる「きのこ」というわけだ。

副鼻腔炎の公式(?)ホームページはこここちらには治療体験も載っている。

2006.06.20

梅雨の中休み

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梅雨の中休みでしょうか、長野県も昨日今日は暑くなりました。
田んぼの稲も元気よく育っています。

北朝鮮がテポドン2号を打ち上げそうだと世間は大騒ぎですが、田舎はのんびりしています。
私ものんびりしていますが、これでいいのかなぁ

私人なのか公人なのか

 安部官房長官が、世界基督教統一神霊協会(統一教会)の関連団体の集会に祝電を送っていたと毎日新聞が報じている。安部氏は事務所が送ったのだと言っているが、事務所の説明によれば、「私人としての立場で地元事務所から『官房長官』の肩書で祝電を送付した」ということらしい。公職の肩書きをつければ当然公職の名前と判断されるのではないか。その辺のことがいつもあいまいにされて問題を起こしている。
 私たちは自分の名前に肩書きをつけることによって、自分の社会的地位を周囲に認めさせようとしたり、あるいはそれがその人個人にとっての名誉だと考えたりするのではないか。このような場所に文章を書くときも「小泉が」などと書くことは失礼だと思うし、「小泉さん」でもないし、やはり「小泉首相」が落ち着くような感じがあるのではないか。「ソーリ、ソーリ、ソーリ」などと三回続けて叫んでいた人もあったが……。アメリカなどは誰であろうともファースト・ネームで呼んで、なんでも「ジョージ」で片がつくらしい。ところがひとたびこれに「大統領」などという肩書きがつくと、それだけで世界中に脅しをかける「ジョージ」に変わってしまうから不思議である。
 ある方の結婚式に出席したときのことである。最近の結婚式の披露宴では、非常にえげつないパフォーマンスが行なわれることが少なくないようだ。私が出席した結婚披露宴では、それは新婚夫婦の性生活についての皮肉や羨望を交えたパフォーマンスだった。私には新しく生み出される夫婦を祝福する結婚披露宴という場所には、まったく不似合いな内容だと感じられた。それだけでなくびっくりしたのは、次々とパフォーマンスを披露する人を司会者が紹介するのであるが、この紹介にいちいちその人の公的肩書きを麗々しく述べていたことである。少なくとも私の目には、そのパフォーマンスは決して上品なものとは思えなかった。そこに公的な肩書きを背負った人が次々に出演するなどということは、私にはとても考えられないことだった。極端に言えば自分の社会的肩書きに対してその人は平気で冒涜しているとしか考えられなかった。
 私たちはもしかすると公的肩書きというものを私物化しているのではないだろうか。あるいはその肩書きによって権威や権力を、自分勝手に利用しようとしているのではないだろうか。安部氏も次期総裁選を控えての微妙な立場にあるので、「誤解を招きかねない対応で、担当者に注意した」と述べている。安部氏には直接責任はないとしても、事務所の担当者はやはりその微妙な時期に、微妙な判断をしたのではないかと思う。それにしてもこの宗教法人は、社会的に見ておかしな行動をしている法人であることを、政治家やその秘書たち、あるいは事務所の職員たちはなんとも思っていないのだろうか。安部氏にとってマイナスの印象を与えてしまったのではないか。

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