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2006.08.15

レバノン戦争停戦

イスラエルが停戦勧告を受け入れて、レバノンは一応平穏になった。
イスラエルもヒズボラも、互いに勝利宣言をした。

とりあえずよかった、よかった。
でもこれがいつまで続くかという不安もある。

2006.08.12

夏 暑いですね

P8080001
夏まっさかり。
私のところは夜には涼しくなるのでありがたいです。
涼しくなるどころか、毛布一枚では寒いという感じです。

レバノン情勢は一向に好転しないようですね。
イスラエルはあくまでもレバノン南部を支配したいらしいです。

2006.08.06

原爆の日

 今日は広島の「原爆の日」だった。
 小泉総理大臣も出席して、首相としての挨拶を述べた。あの挨拶は何なのだろうと私は感じた。用意してきた原稿をぼそぼそと、しかも早口で読み上げておしまいという挨拶だった。一応、核廃絶に向けて努力するということは述べたが、何もその熱意が感じられなかった。世界で唯一の、戦争による核爆弾の被害を受けた国として、その国の総理大臣として、何かもっと積極的な発言があってもよかったのではないか。あるいはアメリカの核の傘の下に安住して、アメリカ一辺倒の首相自身には、核廃絶への熱意がないのか。
 新聞の報道も、首相の挨拶の内容にはまったく触れずに、その後で記者会見があって靖国神社に参拝するかどうかという記事は、どの新聞も載せていた。ということは新聞各社も、核廃絶、あるいは戦争をしないということに関しては、まったく関心がないのではないかと思われる。イラクでは劣化ウランによる被害が広がっており、さらに今は現実にレバノンで戦争が始まっているというのに。

2006.08.04

靖国参拝と国民の損害

 今日のNHK7時のニュースで、原爆症としての認定申請を国に却下されていた人たちの広島地裁での判決のニュースがあった。広島地裁は国の却下を取り消して原告全員の原爆症を認めるという判決を出した。それに続く7時半からの「特報首都圏」では、1945年3月10日の東京大空襲の被害者たちが、国に損害賠償を求めるという運動を起こしているということが報じられた。日本全国では多くの都市で同じように被害を受けた人たちがたくさんあった。
 同時に7時のニュースでは安部官房長官がこの4月に、靖国神社に参拝していたということが問題となっていることも報じられた。これらのごちゃごちゃのニュースは、いずれも大きな問題を含んでいて、かんたんには答えが出ないということはわかる。しかし日本の国の歴史が、このように複雑な問題を起こしてきていることを、真剣に考えなければならないのではないかと思う。
 総理や政治の高官たちが、モーニング姿で、靖国神社に参拝するということが、単に中国や韓国から批判されているのでその行為を問題とするといって、問題を外交問題とか政治問題というレベルでしか議論されていない。このような日本のジャーナリズムはおかしいのではないかと私は思う。日本のジャーナリストたちは、日本の歴史について何も学んでいないのではないか。外国から批判される前に、日本の国内でも多くの民間人が損害賠償を求めているということは、日本国に責任があるのではないだろうか。損害を受けた日本国の民間人はそのように感じている。そのように国を導いた指導者たちが、その責任を問われるのではないか。戦争裁判の結果であるか否かは問わないとしても、日本国を悲劇へと導いた人たちも靖国神社に祭り、そこに参拝するということは、外国に対してより以前に、日本国民に対して、ずいぶん馬鹿にした行為だと私は思うのだが。靖国神社に参拝する政府高官たちは、国民に対してきちんとした説明をすべきである。

2006.08.02

靖国問題の個人的問題意識

 靖国神社にA級戦犯が祭られており、その神社に総理大臣が参拝するということが、中国や韓国などから疑問視されています。ところが日本の国内では、総理の靖国参拝問題が、外交問題、あるいは単なる政治問題としてしか議論されていないようです。小泉総理の発言では、単なる個人の心の問題だとされています。しかしその問題の本質的は歴史の問題であり、歴史観の問題なのではないでしょうか。
 靖国神社というのは、明治維新の戊辰戦争で戦死した人を祭ったのが最初であることは誰でも知っていることですよね。それ以来、日本の国のために戦争で戦って死んだ人を祭ってきたのですね。これは言い換えれば、天皇のために戦死した人を祭ったものです。だから天皇が参拝するのがほんとうであり、かつてはそのように執り行われてきました。
 このたびの戦争、と言っても太平洋戦争のことですが、この戦争で死んだ人は戦死者だけではないですよね。原爆で多くの人が死に、多くの人が財産だけでなくすべてのものを失ってしまったのです。そのほかたくさんの人々がこの戦争のために死んでいったのです。なかには自分が信じる思想のゆえに迫害に遭い、命を落とした人さえあります。この人たちもまた戦争による死者ですが、靖国神社には祭られないのです。祭られては迷惑だと考える人もあるかもしれません。
 この事実は何か不合理ではありませんか。日本の国を敗戦という悲劇に導いていった人たちには、なにか政治的に、あるいは道徳的に責任があるのではないでしょうか。一億の国民の総力戦だったのだから、仕方がなかったのだという言い訳は語られるかもしれません。でも日本の国を歴史の中で、このような悲劇へと動かした責任というものはどこかにあるはずですよね。私にはそう思えるのです。
 戦争に反対した人たちもあったのです。自分の宗教の信念のゆえに反対した人もありました。そのような人たちは天皇の名による厳しい弾圧を受けたのです。私が小学校上級生から中学生のときに経験した天皇の名による厳しい教育は、今考えると異常であったと思うのです。その異常さはことばではうまく表現できませんが、その締め付けは厳しいもので、今でも私はそのトラウマから解放されていません。たとえば毎月の「八日」という日は、戦争中は、開戦の天皇の詔勅が下った日ということで、「大詔奉戴日」とされて、特にこの日は天皇の名による締め付けが厳しかったのです。そのために私は今でも「八日」と聞くと心の奥深くでびくっとします。あるいは「八日」ということばからは耳を背けたくなるのです。
 このような日本の歴史の中で、いわば被害者として死んでいった人たちがたくさんあるのです。中国や韓国から批判されるたびに「謝罪外交」とか「自虐史観」という批判がなされ、日本の過去の歴史を正当評価すべきだという主張がなされます。対外的な問題というだけでなく、日本の自分の国の歴史として、間違った歴史の道を歩んできたのではないかということが、正しく評価されなければならないのではないでしょうか。それがなされてはじめて、将来へ向けても積極的な歩みの土台が作られるのではないかと思います。

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