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2007.04.17

『論より詭弁』香西秀信著

 ある書店の平積みでその本を見つけました。そのうさんくさいタイトルに惹かれたのです。
 私は論理学についての書物は何冊かを読んだことがあります。薄いものもあれば分厚いものもありました。でもいつもそのつまらない議論にはうんざりという感じで、どれも読了したものがないのです。ここで「また論理学の本か」と思いながらも、つい手を出してこの本を取り上げ、ぱらぱとめくってみると、その「序章」にこんなことが書いてあるのが目にとまりました。
 ローマ帝国のティモテオスという笛の名人が、他の教師のもとで笛を学んできた者には、二倍の授業料を請求したということが引用してありました。すなわち他の「凡庸な教師につけられた悪い癖を矯正するのは、新しくものを教える以上に困難を伴う」というのがその理由です。
 そしてこの著者もまた、「論理的思考に関する正統的な書物に学んだ後で私の本を読もうとする読者からは、定価の二倍から三倍の料金を頂きたい気がする」と書いていました。

 私はここを読んで第一感は、「ほほう。これはおもしろそうだな」というものでした。私は突然出合った本を買うかどうか決めるときはいつも、その書店のほかの書棚を眺めながら考えることにしています。そのときも「そうか。それじゃ二倍でも三倍でも払おうじゃないか」というふうに、私の気持ちは傾いていきました。もっともそれは光文社新書の一冊ですから、たとい三倍請求されたとしても2千円ちょっとですので、「まあ、ちょっとした出費にはなるが、いいか」というわけで、他の数冊の本を選んで最後に、平積みになっているところから、さっと一冊を手にとってキャッシャーに並んだのでした。

 さて読了した後、私を誘惑した序章の文章をもう一度よく読み返してみました。三倍請求されても払うかどうかを決めるためです。すなわち著者は「論理的思考に関する正統的な書物に学んだ後で私の本を読もうとする読者からは」定価の三倍を請求したいと言っているのです。とすれば私には当然、「論理的思考に関する正統的な書物に学んだ」ことがないという資格があるので、おまけに私が読み散らかした論理学の本が「正統的」であるかは確証できないので、定価の三倍という法外な請求をされても、支払わなくてもいいという「詭弁」が成り立つことがわかったのです。
 この本を読めばだれでも、この著者の言う「定価の三倍」の請求を論駁することができるようになるものです。

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Comments

ラッキー・サウンド様。コメントありがとうございます。
年はとっても読書の喜びは失いたくないものです。
これからもよろしく。

色々な読むたのしみ方、徘徊があるものですね。老人ではなく、とてもお若いのだと思います。

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