« July 2007 | Main | September 2007 »

2007.08.31

お出かけの場所

 私が住んでいる地方都市にある「ジャスコ」に遊びに行った。もちろんそこは遊ぶ場所ではなくて「スーパーマーケット」なのである。でも私にはいつも「遊びに行く」という感覚でこの店に行く。
 そこの二階に"Picnic Court"という場所がある。そこで昼食を食べた。帰ってきてから、この"Picnic Court"というのはどういう意味があるのかを調べた。だいたいの意味はわかっていたのだが、それを確認しておもしろいことを発見した。
 私の持ってている英和辞書では"Picnic"は「ピクニック」という意味しか書いていない。そこで"Webster"の英語の辞書を調べた。それによると"Picnic"というのは「野外での食事つきの楽しいおでかけ」というような意味がつけてあった。そこでこのジャスコの二階の広場に「ピクニック」という名前をつけたのもうなずける。
 もう一つの"Court"であるが、私の英和辞書によれば、「天窓のある区画」とある。これもまたなるほどと感心した。ただしここは二階であって、その上には屋上駐車場があるので「天窓がある」という具合にはなっていない。天窓はないけれども、そこはまさに天窓のある区画であり、野外ではないけれども、やっぱり「野外での……おでかけ」の場所なのである。

 このお店は、まさに「スーパーマーケット」である。私の子どもころには、おでかけをして外で食事をするという場合には必ず「デパート」に行ったものである。だから私はデパートという場所は、お出かけ用の正装をして行く場所という印象があった。そこはいわゆる「ハレ」の場所だった。この印象は戦後になって、おとなになってもついて回っていた。結婚して子どもが生まれて、東京の西の端にある町に移住してから、子どもを乳母車に乗せて、町に買い物に出たついでにデパートに立ち寄るという行為には、ずいぶん違和感があったものである。

 三越と伊勢丹が経営統合をしたというニュースが、最近の大きなニュースの一つであった。この初夏に東京に出たときに、日本橋に立ち寄って、三越の本店を見てきた。そこでびっくりしたのは、かつては大勢の人で賑わっており、消費生活の王宮のようだった店が、今ではすっかり人が行かなくなってしまったのだということ。大きな立派なビルで太い柱が店内にそびえており、大きなショーウインドウが並んでいて、店内はひっそりとした感じだった。池袋に西武デパートが開店したときには、これがデパートなのかと感心したものである。
 今のスーパーマーケットは、商品の並べ方も、平面に並べるよりも、何とかして上に向かって並べようという工夫がある。「ドンキホーテ」などは、天井までやたらと積み上げるという並べ方である。その間の客が移動するスペースも、最低限に絞られており、したがって少しの客の入りでも、なんとなく押し合いへし合いしているように感じる。そのようにしていわば新しい「ハレ」の場所を作り出していると言える。

 今の時代はもはや、かつてのデパートというイメージはなくなってしまった。秋葉原に出現した「ヨドバシカメラ」などは、まさにその典型である。人が押すな押すなと押しかけているという風景は、まさに圧巻である。地方都市に住んでいると、政治家やマスコミが好んで「地方の活性化」という話をするが、そういう話題は机上の空論としか思えない。要するに都市と地方ではこの「人出」が格段に違うのである。

2007.08.30

朝青龍バッシング

横綱朝青龍がついにモンゴルに帰国した。
しかし成田空港では250人の報道陣が、そしてモンゴルのチンギス・ハーン国際空にも100人もの報道陣が押しかけたという。
そして「朝青龍!。なにか一言!」と口々に叫ぶ報道陣を見ると、「重症患者」の搬送のお見送り・お出迎えという扱いではなかったと思うが。
いったいこの騒ぎは何でしょうね。

朝青龍は何を考えているのかわからないが、激しい闘志を秘めている彼のことだから、もう一度立て直して日本の相撲界を荒らしにやってくるのではないか。

2007.08.25

安倍首相インドでパール判事の長男と会談

 インド訪問中の安倍首相は、23日コルカタ市内で、故パール判事の長男プロシャント・パール氏を訪問した。故パール判事という方は、日本の敗戦後、その戦争責任を問うために行われた東京裁判の判事の一人であった。パール判事は戦勝国が敗戦国の指導者の戦争犯罪を問うのは疑問があると主張し、全員無罪の判決文を書いた。今回安倍首相は、故パール判事の長男と面会し、パール判事の業績について感謝を表明した。
 しかしなぜこの時期にこの会談がなされたのだろう。インド訪問のついでだからという理由もあるが、どうもついでに会談したのではないという感じもあるが。
 故パール判事の全員無罪という判決は、日本でも一応の評価をされている。

 戦後、新憲法制定、東京裁判、講和条約調印、日米安全保障条約締結という、戦後レジームというものによって、日本は今日まで歩んできた。安倍首相はこの「戦後レジーム」を脱却し、憲法も改訂して、アメリカとともに世界制覇の戦争をしようと考えているのではないか。
 個人的に感謝を表明するという理由も十分あったのだが、一国の首相として、謝意を表すというのは、どういうことを意図しているのだろうか。米国は東京裁判を主導して日本の戦争責任を強く主張した。それに対して故パール判事は、法律の適応上の問題ではあるが、この裁判の違法性を主張し全員無罪という結論を出した。安倍首相は全員無罪の主張を支持して、あの戦争を正当化し、憲法も改訂しようという考えなのだろうか。

 さらに不思議なことは、NHKが8月14日の「NHKスペシャル」という総合テレビの番組で「東京裁判」という特集を組み、故パール判事の業績を紹介していた。この番組の放送と、安倍首相のプロシャント・パール氏訪問の時期が重なったのはなぜなのだろうか。NHKがこれだけの番組を制作するのには、かなりの期間があったはず。NHKは今回の安倍首相の訪印を見込んで、この番組を制作し放送したのだろうか。あるいは首相とプロシャント・パール氏との会談を設定したのはNHKなのか。とするとNHKの意図は何だったのだろうか。

 日本人とは不思議なものである。私自身も日本人なので、この主張をすると自分の中に不思議な感覚がただようのだが。日本の侵略戦争を肯定することは決してないが、世界で唯一原子爆弾の被害を受けた国であり、この原子爆弾投下の責任を、その投下国に問わないというのも理解できないし、その国から正式な謝罪を受けたこともないだけでなく、その国と協力して新たな戦争を展開し、原子爆弾らしきものを使っているのを容認するというのは、どういうことなのだろうか。

2007.08.18

スパム対策

最近スパム・コメント、スパム・トラックバックが多いので、管理人が一度チェックしてから表示するように変更しました。

すぐに反映されなくなると思いますが、御了承ください。

それにしても最近はスパムが多くなりましたね。

『ウォータシップ・ダウンのうさぎたち』

 『ウォータシップ・ダウンのうさぎたち』リチャード・アダムス作・神宮輝夫訳 評論社 1975年

 この本を読んだ。非常におもしろかった。
 1972年、イギリスで児童文学として出版され、大きな話題となった。映画化もされた。たぶんそういう話題作だったので読んでみようと思って買ったものと思う。しかしすぐには読まなかった。その後、下巻を古本屋で見つけて150円で入手している。
 いつも気になっていた本の一つで、書棚の中にあってもいつもその場所を覚えており背表紙を繰り返し眺めていた。今回ようやく読了した。非常におもしろかった。買ってから20年くらいは寝かせていたのではないか。

 表題通り、うさぎの物語である。うさぎの村が、人間の都合によってつぶされるということを悟ったうさぎたち11匹が、その村を出て別のところに新しい村を作る冒険物語である。さまざまな困難にぶつかりながらも、知恵と勇気をもって乗り越えて、ついに新しい平和な村を作るまでが語られる。
 全体の物語の中に、うさぎたちが語る物語がいくつも挿入されており、それらが全体の物語に寓意的なものを与えている。それと各章のはじめには、いろいろな文学作品からのことばが引用されていて、その章に意味を与えている。これらが全体に豊かな色彩を与えるようになっている。――うさぎが物語を語る動物だとは知らなかったが、そういわれてみればそう見えなくもない――
 毎日、夜寝る前に数ページから10ページほどを読むという遅々とした読み方だったが、昼間もこの物語が頭から離れず、早く次を読みたいと思うほどであった。

 この作者はうさぎ語がわかるひとらしい(^^)。

2007.08.17

終戦記念日前後

 毎年この「終戦記念日」の前後を不思議な感覚で過ごしている。
 その日以前、すなわち毎年8月になると、私の内面は鬱状態になる。それはことばでは言い表せないし、具体的にどういう感じがあるのかも説明ができない。でもなにか鬱々とした気分で過ごしてしまう。毎年のことであるが、私にとっては一年中でいちばんいやな時期である。夏のまっさかりというのに。あの日は私の中学二年生の夏の一日であった。

 この時期に毎年必ずテレビで報道されるのは、二つの原爆の日と、終戦の日の行事である。これらの行事もまた、私の内面を鬱状態にするのに関係しているのではないかと思う。そういうことを考えなければいけないと思うけれども、なにかそういうことにはふれたくないという感じもある。
 当時、東京の山手の住宅地に住んでいた中学二年生には、別の恐怖があった。米軍の飛行機から落とされる、降伏勧告のビラを、大人たちの「拾うな!」という怒鳴り声を聞きながらも追いかけたこと。なにかわからぬ流言飛語に怯えたこと。それらはひとつの「国」が崩壊していく不気味な音だったと思う。

 不思議なことにこの「終戦の日」を過ぎると、なにかほっとした感覚になる。今年は連日の猛暑であるが、あの「終戦の日」も暑かったと記憶している。今も蝉の鳴き声がやかましく聞こえているが、あの日も蝉の声がやかましかった。夏のこの暑い日差しと、蝉の声を聞くと、なにかほっとした感覚になって「ああ、よかったなぁ」と夏空を見上げる。

 安倍首相はさかんに「戦後レジームからの脱却」ということを言うが、私の内面に深く沈んでいるこの鬱の感覚は、いつまでたっても「脱却」できないもののようである。

« July 2007 | Main | September 2007 »

August 2015
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ