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2007.11.27

パソコンの故障

いつも使っているパソコンが故障してしまった。電源を入れても画面に何も現われないという症状。
モニターへの出力関係の故障ではないかと思うが、よくわからない。調査中。

もう一台の方を起動して動かしているが、そのためにいろいろな設定やら、ソフトやらがいつものように動かないので往生している。したがってブログの更新もままならない。

しばらく購読しなかった「Jazz Life」という雑誌を本屋さんで見つけて買った。こんな田舎の小さな書店にも、この雑誌が置いてあるというところを見ると、この辺にも「ジャズファン」がいるのだと思い、感心するやら、なにやらうれしくも思う。

2007.11.16

ヒルティの『眠られぬ夜のために』を読む

 岩波文庫版 草間平作、大和邦太郎共訳。1973年。
 
 この本はずいぶん以前に買ってはじめのほうしか読んでいなかった。今回全部を読了したが、二分冊になっていて第二部があるという事には気づいていなかった。
 この第一部は一年間の日付が入っていて、毎日著者の短いエッセーが読めるようになっている。一日分の分量は、だいたい文庫本の一ページ分くらいである。
 その内容は特に聖書の解説とか、聖書のことばによる短い説教とかというものではなくて、著者の深い思索からほとばしり出てくるような、豊かな内容のある文章である。それは哲学書とも違う。エッセーといったほうがいいかもしれない。しかしこれが本当の意味での「エッセー」というものなのかもしれない。それは非常に深い思想に裏付けられていて、読む者に深い慰めを与えるものである。これほど慰めに満ちた文章は他にはないと、しばしば感動したものである。

 たとえば今日の11月16日という日付のところには、たとい真の聖者であっても、その生涯の晩年には、あまり重要なことばが残されてはいないというような事が書かれている。そして「時折、晩年に書かれた数少ない言葉が残っている」としてバイヨンのエリザベトのことばが引用されている。「わたしは自分がいのちの息吹のように軽やかなのを感じます」と。
 人は生きてことばを残す。しかし人生というものは決していのちの息吹のように軽いものではない。反対にそれは重いものである。誰もが自分の人生を振り返れば、気まずいことの多さのみが思い出されるものではないか。私も一人のキリスト者として生きてきたが、ほんとうに自分の人生が軽やかだったと言い切れるのだろうか。確かにキリストを知らずに生きた30数年は悲惨だったことは言える。キリスト者として生きてきたその後の人生を振り返っても、やはり気まずさからは決して逃れられないようであった。
 でも人生の最後には、天の御国を思いながら、「いのちの息吹のように軽やか」でありたいと思う。

 私はヒルティについてはほとんど知らなかったのであるが、最後の訳者の解説を読んで、この人はほんとうに偉大な人、天才、あるいは思想の世界での巨人だったのだなと、気づかされたものである。キリスト教思想家としても超一級であった言えるのではないか。

2007.11.13

平和をつくる者は幸いです

このことばは新約聖書のマタイの福音書の中に出てくる。イエスの山上の説教としてよく知られている部分である。これに続いて《その人は神の子どもと呼ばれるからです》とある。

第一世紀に書かれた文書の新約聖書には「平和」ということばが46回出てくる。新約聖書の時代である第一世紀の前半は「ローマの平和」と言われるように、ローマ帝国が、当時の地中海世界の政治の実権を握っていた。そのために国際政治的には大きな戦争もなく、とりあえずは平和であった。
しかし人間というものは究極的な平和を求めるものである。それがなければ、見かけ上はどんなに平和であっても、不安定なものを感じ、恐れを感じるものである。
イエスの誕生の時に、天使が歌ったとされている賛歌の中に、次のことばが記録されている。《いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように》(ルカの福音書2章14節)。
聖書はこの究極的な平和が、イエス・キリストによって提示されていると語る。世界に平和があるようにと祈るものである。

2007.11.09

人生にもブレーキをかけるときがある

 70歳を過ぎると、運転免許証の書き換えの時に、運転技術のテストを受けなければならなくなった。そのとき自分の運転の欠点をいくつか指摘してもらった。
 特に教えられたのは、カーブでは事前にしっかりと速度を落としてからカーブに入るということ。そして交差点での右折の場合には、必ずこれから自分が入ろうとしている道路の中央ラインを確認して、そこから曲がるということ。これは都会で運転しているときにはあまり気づかなかったが、田舎の狭い道を走るようになって、特に教えられたことだ。
 このことを気づかされてからはずいぶんと注意するようになった。交差点の右折などの場合、いままではときどき、右折する道路から出てこようとする車と接触しそうになった経験がある。それはこちらの曲がり方が右寄りになりすぎているからだと気がついた。
 山道などを走るとき、カーブを曲がるときにしっかりとスピードを落としてカーブを曲がらないと、中央線を越えてしまい危険であることも教えられた。

 私たちの人生の中でも、ブレーキをかけなければならないときというものがある。ブレーキをかけてしっかりとスピードを落として、神のことばである聖書のことばにゆっくりと耳を傾けてから、人生の曲がり角を曲がること、次のステップに行くことが、大事である。

2007.11.07

民主・小沢代表:辞意撤回

リンク: 民主・小沢代表:辞意撤回「もう一度頑張りたい」 - 毎日jp(毎日新聞).

これでどたばた劇も終幕ですかね。
小沢氏の求心力はどこまで回復できるでしょうか。
いずれにしても政権奪取にはかなりのハードルができたと思われます。
でも、小沢さんには「がんばってね」と言いたい。

2007.11.05

小沢・民主代表:辞意表明

リンク: 小沢・民主代表:辞意表明 「大連立」混乱招き 会見「不信任に等しい」 - 毎日jp(毎日新聞).

突然の辞意表明というのは日本列島をびっくりさせた。しかしこのような突然の行動は小沢氏がこれまでも何回も繰り返してきた手法。

小沢さんは党首会談で、福田首相の提案する「大連合」を受け入れていたのでしょうね。辞意表明の記者会見の内容でも、そのことが伺われる。自民党との連合政権を成立させその中で国民との公約を実現できるだろうという構想を持ったらしい。しかし民主党の中にはこのやり方が、いままでの方針とまったく異なることに抵抗があったものと思われる。
政治というものは、もともとは妥協から成り立っているものなのではないか。互いに異なった意見を主張するということは、これは当然ありうることである。しかし自民党は強行採決ということを考え直し、民主党も議決の場所を欠席するという手段はやめて、堂々と反対票を投ずることによって、反対意見を主張するということが、本来の会議というもののあり方ではないか。

小沢氏は今の民主党は、若さゆえに、独自で政権を握るということは難しいと言った。ということは自分の政党である民主党に、すでに期待をしていないことなのではないか。民主党が政権をとるのだと、今までも機会あるごとに述べてきていたが、内心は難しさを認めていたのだろう。

政治の局面は、いまや非常に難しい場面に来ている。自民党の政治もなんかアメリカ共和党と大連立しているかのようである。イスラエルなどでも挙国一致内閣などと称して大連合政治を行なっていたが、やはり混乱は避けられなかった。混乱しながらも強引に一党独裁で行くのか、あるいは一人の独裁者、あるいは強力な大統領制にするのか、世界も迷っているところである。

2007.11.01

日本の給油活動

NHKニュースによれば、日本の給油活動についてゲーツ国防長官が次のように語ったということだ。
「日本の活動継続はアメリカだけでなく、国際社会全体が望んでいるものだとして、早期再開に期待するとしています」と。
しかしほんとうに「国際社会全体が望んでいる」ものなのだろうか。

アメリカは国防長官を送ってきて、各方面に積極的に働きかけている。確かにアメリカは日本が再開することを望んでいるが、それを国際社会全体に広げてしまうのはどうなんですかね。

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