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2008.09.16

日本のカザリ

 この六月に、NHKの「新日本美術館」で「日本のかざり」というものが紹介されていた。縄文土器にはじまって、戦国武将の不思議な兜など、日本人がカザリにいかに情熱を注いだかが紹介されていた。
 このカザリ物は祭礼の品などに盛大に使われている。それはあたかも日常の中に非日常を持ち込むような感じのものであった。それは現代においても、各地の祭礼の品々に現れている。そしてそこに情熱を注ぐことによって、ある種の宗教的な熱狂を表現しており、それゆえにそこには非日常が現出するというものであった。
 まつりのみこしに始って、各地で引き回される山車などなどに、細かい装飾が施されている。これらはすべてが人の目を日常性から引き離すものであって、そこには神々が出現する。花火なども同様の仕掛けなのではないか。
 それらのカザリ物は最近はますます細かくなり、華やかなものとなり、色彩も豊かなものとなっていく。それらのものが豊かであればあるほど、神々の出現にもまた華やかさが加わるのである。まさに神々が大挙して出現するという現象が生じる。

 もうずいぶん前のことであるが、同じくNHKの番組で「ケルト文化」についての講義が13回ほどにわたって行われていたのを見た。ケルト文化というものもまた、カザリの文化のようだったことを記憶している。その講義はどこかの大学の女性の教授の方が担当していたのだが、回を重ねるごとに、その教授の着てくる衣装が、だんだんと細かい模様で派手になっていく。その衣装そのものが、まさにケルトの美を表わしているものだったと思う。

 私の妻の実家でこの八月に新盆が営まれた。盆の行事というものもまた、一種のカザリ物であると言える。僧侶がやってきて経を唱えるのであるが、そのパフォーマンスに仰々しさがあればあるほど、ありがたい経であるとされる。もっとも最近はその長さが問題であり、なるべく短い方が好まれ、そのパフォーマンスの後に用意されている酒肴のほうに、参加者一同の心は奪われている。もっともそれが短ければ短いで、これまた噂の種とされるのである。
 盆のしきたりはかなり面倒なものである。迎え火から始って送り火に至るまで、そしてその場に招待する人の選出、そこに出される料理のひとつひとつまで、すべてがまさにカザリ物である。そしてその形式は厳密に守られなければならず、少しでも欠けがあれば、この地域のように小さな集落では、最悪、仲間はずれに近い取り扱いを受けるらしい。それ故にこそ、そのカザリ物のしきたりは守られなければならず、そのためには、余計な費用だというつぶやきを伴って、非日常の支出がなされる。

 このNHKの番組を見ながら、笙野頼子の『二百回忌』という作品を思い出していた。この『二百回忌』という作品は実におもしろかった。笙野頼子のそのほかの作品は、なにかひたすら奇抜な文章が並んでいるだけで、あまりおもしろくはなかった。しかしこの『二百回忌』はおもしろかった。それは「日本のカザリ物」という番組を見ながらこの作品を思い出していたくらいだから、この作品そのものもまたカザリ物が描かれていたのだと思う。
 二百回忌にはすべてのことがめでたく行われなければならないとされている。そして時間にも空間にも非日常が出現する。そういうあり得ない出来事が、日常的にあり得るように描かれている。そこにこの作品のおもしろさがあった。そういえば笙野頼子の作品が、あまりおもしろくなかったのは、その物語に空間的にも時間的にも広がりが感じられなかったからではないか。しかしこの作品では、非日常的にデフォルメされた時間の流れと空間の広がりがあったから、かえっておもしろかったのではないか。

 しかしこのように考えてくると、日常と非日常の区別というものは何だろう。われわれの日常の出来事は、もしかするとすべてが非日常なのではないかとさえ思える。すべてが非日常だとすれば、日常というものは何だろうか。
 私は音楽を聴いたり、絵を描いたり見たりすることが好きである。こういった音楽の華やかさにも、絵画の華やかさにも、それは非日常であるからこそ、美事だと感じるのではないか。日常的なものが描かれてはいるものの、そこに表現されているものは、まさにカザリ物であり、非日常なのである。だからこそおもしろい。それゆえにこの非日常こそが、飽くなき追求の種となるのではないか。

 それ故にこそ人生はまた楽しいと思うのである。

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