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2008.10.30

スタインベックの『赤い小馬』

 スタインベックの『赤い小馬』という文庫本を読んだ(旺文社文庫・龍口直太朗訳)。ある施設の貸し出し文庫から借りてきたもの。「赤い小馬」という中編ものの他に12編の短編が収録されている。原書では『ザ・ロング・バレー』というタイトルのものらしい。

 「赤い小馬」というのは、小馬の死や誕生などを通して、少年が成長していく様子を描いたもの。スタインベックの作品はどれも同じような主題で、人間的な教訓めいたものがテーマとなっている。
 そのほかの短編はどれもおもしろかったが、特に「蛇」というのがおもしろかった。海洋生物の研究をしている若い博士が、研究所にしている海岸の小屋に、ある日一人の女がやってくる。彼女は博士から一匹のガラガラ蛇を買う。それは自分がその蛇を飼育するためではなく、蛇がはつかねずみを食べる瞬間を見たいというのだった。博士は戸惑いながらもはつかねずみを蛇の飼育箱に放り込む。そして蛇がそのねずみを食べるのを見届けると、女は、満腹して眠ってしまった蛇を見て、またねずみを食べさせに来ると言って博士の研究所を出て行った。
 ところがその後この女は二度と現れない。博士は町に出たときにその女に出会うことを期待しながら捜すが、もちろん見つかりはしない。不思議な物語である。しかしこのガラガラ蛇の様子や、はつかねずみを食べる瞬間などが、詳細に描かれており、不思議な雰囲気が作り出されている。

 この女は、そして蛇がねずみを食べるという瞬間は、いったい何を意味しているのだろうか。いろいろな意味を考えることが出来ると思う。
 この作品は実に良くまとまっていて、読みながら小説とはこのように書くのだという「小説作法の教科書」のようだと思っていた。

2008.10.11

お年寄りブログ

 

お年寄り、若者に人気上昇中…「ゆったり感」に癒やされ : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

お年寄りの日常が話題になっているそうだ。
私もいわゆる老人の一人、このブログのタイトルにも「老人」がはいっている。でも内容は老人っぽくないらしい。
老人が話す物語りが、若者に人気なのだそうだが、今では家庭で老人とともに過ごすということがなくなっているからなのかもしれない。かりに同居していても、二世帯住宅とか、マンションのように区切られた区分で別々に過ごしていれば、たんに同居しているというだけで、一緒に生活しているということにはならないのではないか。したがって、あらためてお年寄りのお話を聞くということになっているのではないか。
これがいいのか悪いのかわからないが、現代の社会全体がそういう仕組みになっている。家庭でも食事の場面で、互いに会話しているのではなくて、みんなの視線はテレビに向いているというのが、映画だったかテレビドラマだったかの一シーンにあったような気がするが。

2008.10.10

山本小屋駐車場

 ビーナスラインの扉峠から美ヶ原の山本小屋駐車場までのコースは、今まで何度も走ったが、非常に走り甲斐のあるコースである。美ヶ原高原の東の端にある牛伏山の南斜面を登るようになっている。
 扉峠から北へ向かって茶臼山の東側を走る。ここは和田峠から南へ行くコーストは違って、あまり眺望も良くないので、ひたすら前を見て走る。標高1600メートルくらいのところを走るが、まもなく急坂を下り落合大橋という美しい橋に出る。この橋を過ぎると左に急カーブし急坂を上ると、和田から上ってくる道と出会う。ここから山本小屋に向かっての登坂が始る。
 野々入川の谷に沿って登っていく。4-500メートルほど登ると右へのヘアピンカーブにさしかかる。このヘアピンカーブを曲がると、今来た道の上を反対方向に向かう。同じく500メートルほど走ると今度は左へのヘアピンカーブに出る。ここまででほぼ100メートルほど登ったことになる。
 再び野々入川に沿って山の斜面を縫うようにして上っていく。ここを2キロ近く、標高差にして100メートルほど登ると前方に、これから登っていく見上げるような山肌が見える。上の方にはガードレールが木々の間にかいま見える。こんなところを登っていくのかと驚くほどである。同時にこのところは、紅葉の時期には赤や黄色の美事な紅葉が見られる。その美しさは格別である。
 二つの連続したヘアピンカーブを登ると、さらに高度を50メートルほど上げる。そして最後の三つ連続したヘアピンカーブを登る。一部は山肌からせり出すように道路が造られていて、よくもこんなところに自動車道路を造ったものだと感心させられる。
 そして上り坂も緩くなって山肌を縫うように少し進むと、左への急カーブを経て、右に美ヶ原高原美術館へ行く道を見送って直進すると山本小屋の駐車場に至る。ほんの数キロ、標高差300メートルほどの山岳ドライブであるが、まさに山岳を走っているという快感を味わうことが出来る。

 山本小屋の駐車場に車を止めて、売店の有料トイレを使って、ほんの五分くらいで駐車場に出てきたらこの有様。

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 一面の霧が下から吹き上げていた。この季節には紅葉を見るために何度もここを訪れるが、しばしばこのような濃い霧に出会う。下の写真は駐車場から牛伏山のほうにわずか登ったところ。

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世界的な経済恐慌になった

asahi.com(朝日新聞社):東証下落率、一時11.38% 午前終値8183円 - ビジネス


  東京証券取引所の平均株価は、この一週間で3000円も下がってしまった。金融資産価値がおよそ30%も下落したことを意味する。これは大変なことだ。株式会社の資本金がいきなり30%もすくなってしまったことを意味するので、どの会社もその分が赤字となってしまう。
 そもそもの始まりは、アメリカのサブプライムローンの破綻からであるとされている。サブプライムローンというのは、普通には銀行の保証が受けられなかったような、中から低所得の人たちに住宅を提供しようとして始ったことだ。初めのうちは低金利であるが、途中から金利が上がるという仕組みになっていたらしい。
 このローンが破綻した。ところが貸し出した方は、その貸し出しの債権を細切れにして、他の信用のおける債権の細切れと組み合わせて、新しい債権として売り出した。それは利率が高いので儲かると言われ、さらには再担保する会社が、保証していたものだから、多くの投資家はこの証券を大量に買った。そのようにして売れるものだから、つぎつぎと低所得者向けのローンが生み出されていった。借りる方もたぶん、うまい口車に乗せられて、この有利と宣伝されたローンを借りて、楽しい我が家を作り始めた。しかし途中から金利が上がって、返済の金額が増えると同時に、アメリカの全体的な不景気が、特に低所得者層をおそったのとが相乗効果となって、マイホームの夢はあえなく潰え去ってしまった。
 この細切れと組み合わせの妙で、一見有利と見えていた債権が、そういう低所得者向けのローンの破綻と共に、信用ががた落ちとなってしまった。もともと貸し出した債権を、他の人に転売するということ自体が、危なっかしい取引であり、さらには信用の低い債権を、他の信用のある債権と組み合わせて販売するという手法も、きわめて危なっかしい手法であった。このような債権が出回るのを見ながら、ずいぶん無責任なことをするものだと、私は感じていた。債権が細分化されることによって危険も分散されると考えられていたが、いざ破綻が始ると、債権債務の関係が、全くわからなくなってしまったらしい。

 問題はさらに別のところにあって、原油や戦争で多額にもうけた人たちがいて、巨額なお金が市場に余っていたということであるらしい。この余っていた資金というものは、もちろん表面的には株取引、証券取引、あるいは原油その他の商品先物取引などによって、表面的な動きを見せているが、実は闇の金融である。このような投機資金が、サブプライムローンのようなものを利用して、短期間で資金を動かし利ざやを稼ごうとして動いた。この資金が実は、投機先が儲からないと判断すると、たちまちその大量の資金を引き揚げてしまって、別のもっと有利と見える投機対象へと動いた。そのために証券市場ではお金が不足して、資金ショートを起こして、証券会社は破綻してしまったということなのであろう。
 この大量の投機資金がいろいろな投機市場で動いていて、遂に株式市場でも同じ現象が起き、一般投資家、あるいは会社そのものの資金がなくなり、株価が急落という現象になったのではないか。
 今回の経済の混乱の中で、大量にもうけた層があるに違いない。企業が資金ショートを起こして破綻すると、いろいろな機関から借り入れていた債権が保証されなくなる。すなわち貸していた方は、貸していた金額を取り返せなくなる。言い換えればそのお金はどこかに消えてしまったのである。すなわち誰かがそのお金を握っているに違いない。私たちがポケットの中に現金を握っていれば、家計簿の残高が表示している金額は、現実に自分の手の中にあることになる。しかしそれを銀行に預金して、通帳の上で残高が表示されていても、そのお金が現実に確かにあるとは限らない。その銀行が破綻すれば、通帳上は金額が記載されていても、現実にお金としては戻ってこないことになる。そのお金はどこに行ってしまったのか。一つの口座あたり1千万円までは、一応保証されることになっているが、これも政府の公的資金などで埋め合わせるようになっている。すなわち現実のお金というものは、誰かの手に渡っているはずなのである。
 しかし債権取引や、株取引、あるいは先物取引などという金融市場では、実際に現金が受け渡しされるわけではない。いわば帳簿上の数字の取引であって、その数字の操作によって利ざやを稼ぐというのが普通のやり方である。そこには実際の現金の保証があるように見えているが、実は何もない。最終的には経済が混乱しては、その国自体が立ちゆかなくなるので、国がなんとか資金を提供しようということになる。これも言い換えれば、国が国のお金、すなわち国民から集めた税金を使って、国の説明によれば、一時流用して、預金の金額をなんとか保証しようというのである。ということは国がその破綻した企業を格安で買いたたくということが現実である。

 この混乱はどこまで続くのだろうか。表面的には見えない組織が多額のお金を握っているに違いない。そしてそのお金はどこに行くかというと、戦争のための大量の兵器に化けるものと思われる。したがって最悪の場合、世界戦争が起きるに違いないと思われる。

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