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2011.10.29

チャイコフスキーの第6番「悲愴」

今日はNHKオンデマンドでローマ聖チェチーリア国立アカデミー管弦楽団演奏の、チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」を聞いた。というか見たというのか。指揮者はポリス・ペレゾフスキー。今年10月3日にNHKホールで録画されたもの。10月23日の深夜に放送されたもの。

イタリアの楽隊ということに期待を持って聞いたが、素晴らしい演奏だったと思う。それは決して派手というものではなく、むしろ素晴らしい輝きをもった音であるように感じた。言い換えれば、N響ではありえないような音色と言ってもいいのではないか。第3楽章の後半になると、この響きが迫ってくる。それは何というのか、単に音の厚みというだけでなく、その音が作り出す不思議な色彩と魅力とをもって迫ってくる。いつもN響ばかり聞いている耳には、実に新鮮に聞こえるものだった。

特に第4楽章の終わりがこの「悲愴」では魅力的である。全楽器が作り出す深い森のような音楽の中で、チューバやホルンが深々とした低音を鳴らす。ここを楽譜で見ると、ホルンパートには全ストップという指示がある。ホルンの全ストップの音は「ビーン」というような独特の感じで聞こえる。12章節繰り返される。全オーケストラの音量がだんだんとなくなって行きやがて一種の音の空白が造り出されたその瞬間に、一発のタムタムの音が「ゴーン」と響く。この一発のタムタムの音を聞くために、第1楽章から延々と聞いてきたのだと思わせられる。

今回の演奏は素晴らしかった。聴衆の反応も割合によかった。何よりも楽隊のメンバーの中にも涙するものがあったのを見ることができたのは感動だった。

2011.10.20

ガルシア=マルケス著『族長の秋』

「いやぁ、すごい小説を読んでしまった」という感じ。ガルシア=マルケスの作品は前に『コレラの時代の愛』というのを読んだ。その時も感じたことだが、この人の文章は切れ目なくつながっているように感じる。特にこの『族長の秋』は、段落もなしに文章がつながっていく。途中で読みかけにしておこうと思っても、区切りをつけることができないような感じである。

主題は中米のメキシコ湾にあるドミニコ共和国にかつて存在した独裁者を描くことにあるらしい。全体の主張を見れば、独裁者というものはその人が自分で作り上げるというよりも、その周りの、利権に心を奪われた人たちが作り上げるものであり、さらにはそれを取り巻き、そういう人たちの存在をいつの間にか、あるいは仕方なく、承認していく国民、あるいは大衆によって作り上げられるものだということ。原子力発電所と利権とは切っても切り離せない。

さらにはそういう独裁者の存在そのものが現実のものなのか幻なのかもわからなくなっていくというもの。今の大衆文化というものも同じような危険をはらんでいると作家は見抜いているのではないか。ある部分には現代の大衆文化の狂乱を思わせるような部分さえある。

文章は複雑極まりない。その始まりは以下のようである。

「週末にハゲタカどもが大統領府のバルコニーに押しかけて、窓という窓の金網をくちばしで食いやぶり、内部によどんでいた空気を翼でひっ掻きまわしたおかげである。全都の市民は月曜日の朝、図体のばかでかい死びとと朽ちた栄華のくされた臭いを運ぶ、生暖かい穏やかな風によって、何百年にもわたる惰眠から目が覚めた」という具合である。

今週の日曜日を挟んで三泊四日のきびしい状況の旅をしてきた。その時もこの文庫本(集英社文庫、鼓直訳)を持って行った。しかし旅のきびしさのゆえにほとんど読み進めることができなかった。帰宅して次の主日礼拝の説教の準備も一応おわったので、残っていた三分の一ほどを一気に読んでしまった。そして読了した時の第一印象は冒頭のようである。

2011.10.10

小さきものたちの神

この小説はアルンダティ・ロイの小説家としてのデビュー作品。アルンダティ・ロイという作家は、鋭い観察力と批判力という才能によって、アメリカ帝国を徹底的にやっつけた痛快な作品『帝国を壊すために』(岩波新書 2003年9月)という論集の著者だ。インドの女性の作家、著作家。この初めての小説で1997年度のイギリス、ブッカー賞を受賞し、たちまち人気を得て、世界36か国で翻訳出版されたという。

『帝国を壊すために』という論集でもわかるように、この作家は鋭いユーモアの持ち主である。その鋭いユーモア精神と、現代世界の仕組みに対する批判などの精神が、この小説にもよく表れている。この本は四六版で480ページもある。もちろんハードカバーで表紙を含めた厚みは38ミリもある。アマゾンの古書店で買ったが、送られてきたときに「こんな分厚いものを読めるかなぁ」と一瞬びっくりしたものだ。

物語の主体は一人の女性の目から描かれているのだが、文章が複雑に絡み合って、語りの視点も多様化したり、インド社会の批判がちりばめられたり、あるいはインドの風土の描写が入り込んだり、というわけで前半、全体の真ん中くらいにようやく到達したころには、くたびれてしまってしばらくは放っておいた。しかし次に読みたいと思っていた本をすでに買ってしまっていたので、この作品をとにかく読み続けてみようということになった。ところが後半になって物語は次々に悪い方向に展開していく。あっけにとられて読み進めるうちに、あっという間に読み終わってしまった。といっても数時間で読み終わったのではなく、数日はかかったのだが。

インドの複雑な社会の中で生きる人々の悲劇的な様相が描かれていく。その暗黒面が不気味に展開されているように感じた。自然の風物や動物たちや虫たちの姿までが、なにか不気味さを感じさせるようである。しかしその不気味さも鋭いユーモア精神に裏付けられているので、さらに印象は複雑である。

私は良い小説を読むときに、そこに描かれている物語の中に、自分も実際に存在しているかのように感じるものである。このように感じさせる文章というものは、すぐれた作品なのだと思う。というわけで、全体をもういちどゆっくりと眺めてみたいと思う。すなわちこれは再読の楽しみの残った本だった。

2011.10.09

資本主義の終焉

岩波書店の雑誌『世界』の10月号は「覇権国家アメリカの凋落」というタイトルがつけられていて、8本の論文が掲載されていた。どの論文も今までの論者の守備範囲を出ないような感じであった。要するにアメリカの覇権の凋落のきっかけは9.11にあるというもの。言い換えれば、編集者の注文に応じたものか。

しかしこの9.11は凋落のきっかけ、あるいはこのような論旨でくくるときの一つのテーマなのだと思う。事実はもっと複雑である。第二次世界大戦後にドル経済が世界を支配し始めたところに問題があった。しかし当時はだれもがこのような「覇権凋落」が訪れようなどとは考えなかった。人間というものは現実を見誤るものらしい。あるいは現実の問題に気付かないか、意図的に気付こうとしないかではないか。これは罪人である人間の習性なので、「闇の中に輝く光」を見ようとしないからなのではないか。

アメリカという国は、自らのドルの覇権性に酔ったようになって、必要に応じてドル紙幣を大量に印刷したと言われている、この大量のドル紙幣は、ベトナム戦争、アフガン、イラク戦争などの戦乱のたびに、闇から闇へと流れてしまった。その結果アメリカは、世界を動かすどころか自国の経済も動かすことができなくなって、凋落への道を進んでしまった。今や何をしても回復することができない。闇の資金が金融の闇を支配しているので、今や一国の経済政策、それどころか世界の政治的手段による協調経済政策などでは、対抗できなくなっているのではないか。

おそらくこれからは、世界が今までに経験しなかったような混乱が、全世界を覆うのではないかと思う。今年のノーベル平和賞は三人の女性が受賞することになった。彼女たちの業績を見れば当然の受賞であると感じる。しかしこの現実は、もはや男性の理論が人間社会に通用しなかったということを示しているのではないか。男性の理論というのは創世記3:16にあるのであって、それは「支配の理論」である。人間社会というものは、他者を支配することでは成り立たないのではないか。

2011.10.08

ウォール街デモ

ウォール街というものは文字通りに壁の町ということで、この壁の中で金持ちたちが自分たちの財産を増やすことに夢中になっていた場所。このウォール街にデモ仕掛けたというのだから、大胆というか、時代は変ったものだという感じ。でもこれは結局はつぶされてみじめなことになるのではないかと思う。
そんなに壁は低くはない。

NYデモ、1万人規模に拡大…若者に労組が合流

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失業率の高さや貧富の格差に抗議して、ウォール街周辺を行進するデモ参加者=小西太郎撮影

【ニューヨーク=柳沢亨之】米ニューヨークのウォール街付近を占拠する若者らの抗議運動は5日、地元労組が参加する初の連帯集会が開かれ、過去最大の約1万人規模に膨れ上がった。

集会に参加したのは、教職員や小売店員、看護師らの労組。教育ローンの返済や就職難に悩む大学生らも多数が飛び入り参加した。会場となったウォール街周辺の公園では、労組代表らが壇上で米社会の格差拡大などを訴えると、「イナフ・イズ・イナフ(もうたくさんだ)!」との参加者の声がこだました。

会場では、オバマ大統領への支持と、草の根保守派「茶会運動」への反発の声も聞かれた。小売店員労組のジェーン・トンプソンさん(41)は「次も(オバマ大統領に)投票する。我々は『茶会』への対抗勢力となる」と話していた。

(2011年10月6日13時52分 読売新聞)

貼り付け元 <http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20111006-OYT1T00402.htm>

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