2011.02.12

戦火の奇跡-ユダヤを救った男

“Show Time”で「戦火の奇跡-ユダヤを救った男」という映画を見た。

2002年/イタリア/100分/日本語字幕版
監督:アルベルト・ネグリン 脚本:ステファノ・ルッリ、サンドロ・ぺトラリア
出演:ルカ・ジンガレッティ、マチルダ・メイ、ジュローム・アンガー、アマンダ・サンドレッリ

第二次世界大戦中、ドイツ・ナチスの支配下にあったハンガリーで、偽のスペイン領事になりすまし、五千人以上ものユダヤ人の命を救ったイタリア人ジョルジョ・ペルラスカ。知られざるイタリア版“シンドラーのリスト”を映像化し、本国イタリアで記録的な高視聴率をたたき出した傑作テレビ映画。ジョルジョ氏本人の貴重なインタビュー、エンニオ・モリコーネの重厚な音楽も必聴。

スペイン内戦時、国民戦線軍に参加したイタリア人のジョルジョ・ペルラスカ。今では退役し、牧畜の買い付けに従事する彼は、商用でナチス支配下のハンガリーを訪れ、そこでユダヤ人の苦難を目の当たりにする。病院にかくまわれた老人や子供たちまでも、恐怖に陥れる冷血なナチスのやり方に憤慨したジョルジョは、ユダヤ人収容政策に対抗するべく、ある大胆な賭けに出る。

以上 貼り付け元  <http://www.showtime.jp/app/detail/contents/j00cnm010000192222320>

これは実話に基づいている。最後にジョルジョ・ペルラスカ本人が短いインタビューを披露している。このようなことは現代の歴史の中でも起こりうることだと若い者たちに警告している。

ユダヤ人を扱った映画は何本も見た。このように多くの映画が残されていくというのは、この歴史の事実がいかに大きなものであったかを示すものである。日本ではどうだったかというと、二発の原爆投下という悲劇があった。それと同じく悲惨で、しかもほとんど知られていないのは、南太平洋上のたくさんの島々で繰り返された集団自殺とか、極度の飢えの中でのさまざまな悲惨な出来事ではなかろうか。この映画の中ではユダヤ人たちは過酷な状況のなかで必死に生きようと努力したのだ。

この映画はイタリアといういわばキリスト教の背景の国で作られたものだ。いくつかの印象的な画面があった。恋人が暴漢に襲われるのを救ったが、その暴漢を刺し殺してしまった青年が、ユダヤ人として自分の罪におののく場面があった。ユダヤ人大量虐殺という物語の中で、ひとりの敵を殺害してしまった青年が自分の罪におののくという挿話は、このホロコーストという事件に対する強烈な批判ではないか。

ひとりのユダヤ人が家族を逃がして後、自分がひとりで町を横切ろうとした時ドイツ兵に発見され銃を突きつけられる。「自分はユダヤ人ではない」と弁明する。するとその若いドイツ兵は、「それじゃ”主の祈り”を唱えてみろ」と強要する。その人は若いドイツ兵に銃を突きつけられたまましばらくのためらいの後に「お若いの、こんなところで祈れるか」という。その途端に激しい銃声が響く。

最後に、ベルラスカの働きをいろいろな場面で助けてきたスペインの大使館員。この人は自分がユダヤ人であることをひた隠しにしてきた。しかし最後にベルラスカに告白する。「ユダヤ人が何百万と殺されていった。しかし自分は生き残ってしまった。それは自分の罪だ。自分が生きてここにいることが自分の罪だ」と告白する。その直後、踏みこんできたドイツ兵に追われ、屋根から転落して死ぬ。

全体は非常によくできていたと思う。しかし見るのは非常につらいものだった。

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2007.03.27

映画「ライフ・イズ・ビューティフル」

1998年イタリア。ロベルト・ベニーニ監督主演作品
98年カンヌ国際映画祭審査員グランプリ受賞
98年ダヴィッド・ドナテッロ賞受賞
99年アカデミー賞、主演男優賞、外国語映画賞、作曲賞受賞

少し前にNHKがアカデミー賞受賞作品特集というものをやっていて、ほかの作品とともに録画したものを見た。
タイトルは知っていたし、アカデミー賞受賞作品ということも知っていたが、内容についてはまったく予備知識なしに見た。

初めは喜劇仕立てで(全編喜劇仕立てと言えば言えなくもないが)、これのどこがアカデミー賞の対象になったの?という、いいかげんな態度で見ていた。ところが途中から一転して衝撃的な展開になる。
『蝶の舌』という作品もそうだったが、時代の流れの中に取り込まれてしまう子どもの物語というのは、見るのがつらいようなところがある。

しかし最後は、ちょうど『黄色いハンカチ』のような結末で、映画という芸術の醍醐味を味わわせてくれる。たしかに「ライフ・イズ・ビューティフル」という生き方が提供されていると言える。いい映画だった。

2005.09.08

『華氏911』という映画を見た

 『華氏911』という映画を見た。一言で言うと、前半は腹を抱えて笑ってしまったが、後半は深刻になってしまってこれから世界はどうなるのだろうかという不安になった。

 でもムーア監督は、よくもまあここまで現代のさまざまな映像を読み込んだものだと感心させられた。「読み込んだ」と言っても映画の中に読み込んだというのではなくて、ムーア監督自身が、そういう映像をものすごくたくさん読み込んでいるということ。そういうムーア自身のすごいエンターテインメント性が感じられる作品になっている。彼の独特のユーモアセンスと、一流のギャグ精神で読み込んだ映像を、彼自身の中で編集している。彼には現代のアメリカの現実が、このように見えているのであろう。

 それにしても現代のニュースをよく読むことのおもしろさを、ほんとうによく感じさせる作品になっている。現代のニュースを読むことは、実に高尚な哲学書を読むような面白さがある。などと言っているうちに、この現代の魔物の中に取り込まれてしまうのではないかと心配にもなる。

もちろんビデオで見たのだが、このビデオにはおまけがついていて、作品以外の映像もふんだんに入っているというもの。

2005.06.08

『誰も知らない』を見た

是枝監督の『誰も知らない』を見た。2004年のカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受けた作品。主演の柳楽優弥氏が史上最年少で男優賞を獲得したと言うことで有名になった作品。

見終わって私はしばし呆然としていた。見始めるとき途中で一服するつもりでビデオをまわし始めた。しかし物語と画面とに引き込まれて、一気に最後まで見通してしまった。柳楽が演じる明という小学生6年生をはじめとして、四人の子供が、マンションの一室に生活するようになって、母親に捨てられて、明君が生活に奮闘する様子が描かれる。しかもどうもこの四人の兄弟は同じ母親から生まれているが父親はそれぞれ違うらしい。しかし明君は福祉事務所などに相談したらという忠告にも、以前にもそういうことがあって大変だったから、四人がばらばらになりたくないと言う。

最初は明君も母親が置いていったお金の管理もきちんとするし、洗濯も片付けもするのだが、途中から生活が荒れ始める。そしてお金もなくなり、電気も水道もガスも代金の支払いが出来ないのでとめられてしまう。家賃も滞ってしまう。このまま行ったら結末はどうするのだろうと心配しながら見ていた。途中から登校拒否らしい中学生の女の子が加わるが、末っ子の女の子が突然死んでしまう。一人が欠けるが、一人が加わって四人。明君は死んだ妹の遺骸をスーツケースに入れて、羽田空港の飛行機の見える場所まで運ぶ。飛行機を見せに連れて行くからと約束していたからだ。二人で穴を掘ってスーツケースを埋めて帰ってくる。そして四人の新しい生活が始まるという希望を見せて終わりになる。

まさに「誰も知らない」というこの大都会の一隅でおこった子供たちの生活である。大人の社会は彼らの異常さを感じる人もありながら、何の手も出さない。まさに「誰も知らない」し、誰も知ろうとしたがらないのだ。遺骸を入れたスーツケースを、必死になって運ぶ二人の姿は、ラッシュアワーの激しい人ごみの中に見えなくなってしまう。「誰も知らない」というテーマが見事に表現されている場面である。しかし考えてみると、世界のあちこちで、東南アジア、アフリカなどの貧困地区では、ごくあたりまえに起こっている出来事なのではないかと思った。私たちはそういう出来事に目を向けないし、向けようともしないのではないか。

2004.05.03

映画『キリング・フィールド』

 映画『キリング・フィールド』を見た。これはずいぶん前――10年くらい前か――にも見ていたが、今回ケーブルテレビの「ムービープラス」で放映したので、HDにとっておいて見た。前回見たときにも非常に大きな感動を得たので、とりあえず保存版にしたわけである。

 この映画はベトナム戦争に巻き込まれて、大混乱に陥っていくカンボジア――歴史の事実に疎い者ですが――が舞台である。カンボジア内戦の混乱をルポしたニューヨークタイムズ記者の、シドニー・シャンバーグの体験をもとにして映画化されたもの。シドニーは現地人の通訳兼新聞記者のプランという人と知り合い、プランの助けを得て、この歴史的大事件を報道した。この報道によって彼はピューリッツァー賞を受賞した。

 戦争とその後の政治的、社会的大混乱の中で翻弄される民衆の姿が描かれていて悲惨である。ローランド・ジョフィという監督――この人は『炎のランナー』を作った人――の作品で、彼はこの悲惨な現実を非常にリアルな表現で見せている。まさにいのちがけで大混乱の中に突入していって、その真実をなんとしても見なければならないという新聞記者の迫力は、みごとに描かれていると思う。
 ピューリッツァー賞を受けたとき友人から、おまえは自分の名誉のためにプランを見捨てのじゃないかとなじられて、シドニー苦悩する。自分はそんなことはないと思いながらも、どうすることもできない現実の前で苦しむ。この場面があるので、最後にシドニーがプランの生存の知らせを聞いて、プノンペンの病院で働く彼と再会するところは感動的である。

 しかしそのような迫力を見せてはいるものの、戦争という人間の愚かな行為によって、すべてが破壊されてしまうという悲劇も、実によく伝わってくる。その現実の悲惨な画面とともに、世界で報道されるニュースが流れていて、ニュースというものがいかに現実を伝えられないかという限界も見事に描かれていると思う。この歴史に残る大混乱の時代から25年も過ぎている私たちの時代にも、日々報道されるニュースの背後には、同じような悲惨さが隠されていることを思うと、背筋の寒くなるような思いである。

2004.04.27

映画を見て召天しよう

 26日(月)の毎日新聞夕刊に『パッション』という映画の広告が掲載されました。
 この映画はメル・ギブソンという方が監督して作ったものです。イエス・キリストの十字架物語を、聖書が記録しているそのとおりに映画にしたものだそうです。「パッション」というのは「熱情」とか「情熱」という意味ですが、この場合にはキリストの「受難物語」という意味です。公開は5月1日なので私もまだ見てはいないのです。扱われているテーマが聖書のものなので、キリスト教会では早くから話題になっていました。

 メル・ギブソンは、これを徹底して忠実に映画にしたということで、せりふも当時のヘブル語とラテン語でしゃべらせているそうです。また画家カラヴァッジョの作品を参考にして画面作りをしているということで、新聞の広告に載った絵柄は、カラヴァッジョの作品そのまんまですね。

 ただ、十字架の場面があまりにもリアルに描かれていて、残酷すぎるという批判があります。アメリカで上映したときに、観客の中にあまりの残酷さにショックを受けて死んだ人が出たそうです。この広告にも次のようなコピーが踊っていました。「50代の女性、十字架刑のシーンでショック死」「ブラジルの牧師、鑑賞中に死亡」。まさか配給会社は、観客が死ぬことを願っているのじゃないでしょうね。大きな声ではいえませんが、万が一死ぬ人が出たら、またまたそのニュースを使って宣伝するのでしょうかね。

 最近の映画作品は残酷な場面がだんだんと派手になっていく傾向があります。あまり良い傾向ではないと思います。この映画もその流れの中にあるのではないかと思います。聖書が語っている歴史は、十字架刑の残酷さよりも、人間の――聖書のことばを使えば「罪」の――不気味さですね。そして聖書はむしろ、十字架に続く復活の喜びと、キリストの復活が語っている「和解」の事実であります。残酷さばかりが強調されるよりも、この和解の福音が語られることが重要だと思います。

 ユダヤ人団体からクレームがあるそうです。この映画では、ユダヤ人がキリストを残酷に処刑したということが強調されていて、反ユダヤ主義だというのです。事実はそうかもしれません。しかし同時に、キリストの復活の後に、世界中に向かって和解の福音のメッセージを担ったのも、ユダヤ人であったのも事実であります。

2004.02.11

映画「裏窓」

古い映画ですみません。あの有名なヒチコック監督の作品「裏窓」を見ました。DVDです。
終始カメラマン・ジェフのアパートと、そこから見える向かい側のアパートの窓の中、そして中庭という限定された場面で物語りは展開する。アパートで骨折の療養中のジェフは、暇をもてあまして自分の部屋の窓から向かい側の住民の窓の中をのぞくようになった。そしてあるときその一室で殺人が起こったらしいと彼は推理する。そうしてヒチコック独特のサスペンスが作り上げられていく。1954年製作と半世紀前の作品であるので、そのサスペンスの盛り上げ方も、今の作品にくらぺると物足りなさを感じる。気楽に楽しめる作品。ところで、ジェフのアパートの部屋に、日本のたんすが置かれていたのに、この映画をご覧になった方は気がつきましたか?

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